すべてのカネミ油症被害者へ(225)9月13日

~ 厚労省への「要請書」の回答を分析する~

9月8日夜に、厚生労働省 健康・生活衛生局から、回答があり
ました。「カネミ油症被害者救済プロジェクト」という任意の
グループ(当初は「へその緒プロジェクト」名)ですが、
2024年12月に初めて「要請書」を送り、回答を求めてから、
約2年が経ちました。

まず近々は回答が遅れ気味でしたが、厚生労働省の担当者の
方(実名は不明)にご対応いただき、ありがたく思います。
おそらく2年間で、4人目の”課長補佐”となっているはずです。

そこで2025年1月~2026年9月までの9回の回答(「要請書」の
9・10回は、まとめてだった)について、丁寧な分析をして
みたいと思います。それが”回答”に対する真摯な姿勢です。

私の”感覚”では、担当者が変わることで、微妙に、あるいは大胆
に回答の中身が変化していると思います。
たかが”メールのやり取り”とはいえ、いや、むしろ”メールのやり
取り”だからこそ、”見直し”が必要と感じています。

◆カネミ油症の認定・非認定に重要な”診断=認定基準”には、
 法的根拠がない、ことは、認めていただいています。
 では、毎年カネミ油症被害者検診を各地で行う中で、認定・
 非認定を峻別する基準と理由は何か?
 現在、「血中ダイオキシン濃度が50ピコグラム」にこだわる
 不合理性(被害者の症状から乖離して)の問題に直面して
 しまいます。

これは一例で、今後、回答の文言を精査した報告を随時行います。
それらの精査作業を終え、新たに「要請書」11回目に取り組む
つもりです。

まず明日9月14日版では、厚生労働省の回答を掲示し、いつも
このHPブログをご覧いただいている皆様にも、考えていただき
たいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(224)9月12日

    ~3万ヒットは”最初のステージ”突破!です~

昨日9月11日朝の投稿(223)をご覧になった方が
  数十名おられたので、当面の目標としていたHPの
 アクセス回数が3万ヒットを越えました。
 (画面右側最下段にアクセス回数が表示されています)
 ご覧いただいている皆様のご支援、ご協力に感謝申しあげ
  ます。さらに4万、5万ヒット突破を目指したいと思います。

 (画面右側最下段にアクセス回数が表示されています)
ご覧いただいている皆様のご支援、ご協力に感謝申しあげ
ます。さらに4万、5万ヒット突破を目指したいと思います。

選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。
  日本社会党(当時)の土井委員長の言葉として有名に
なりました。


日頃考えているのは、「すべてのカネミ油症被害者救済へ」
に向けて、”山が動く”とは何だろうか?です。
もちろんただ待っていても無理で、自ら動くことしかあり
ません。

一つの例として挙げると、「チェルノブイリ・ハート」の上映
体験があります。2011年3月11日東日本大震災が起き、間もなく
東京電力福島第一原子力発電所がメルトダウン(炉心溶解)し、
大量の放射性物質が大気中に拡散しました。
かのチェルノブイリ事故(1986年)と匹敵するほどの”大事故”と
なったのです。
私は事故からすぐ福島県南相馬市、飯舘村(一時全村避難)
の取材を始め、翌2012年に
「フクシマ2011~被曝に晒された人々の記録」を上映しました。

そして東京電力の事故が起こった2011年夏、米国のマリアン・
デレオ監督の「チェルノブイリ・ハート」を取り寄せ、日本語
字幕を付けて、上映活動を始めました。
またたくまに国内100館で上映、そして主婦の皆さんが開く
”自主上映会”が200カ所までに広がったのです。
まさしく”風が動いた”のです。
連日上映依頼の電話を受けながら、”事実を伝える意味”を
感じました。

これから、新たなキッカケを作っていきたいと思います。

  カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(223)9月11日

 ~全国の高校生へ向けて 何ができるだろうか~

一昨日午後、長野県岡谷市に向かいました。
初めて訪ねる街です。中学の教科書では、岡谷は「養蚕業」
で栄えた町と習いました。
今回は、岡谷東高校3年生(3クラス、120名)の方々に
「ヒロシマ ナガサキ 二重被爆者 山口彊さんの被爆体験」
をテーマにお話させていただきました。

来月長崎を”修学旅行”で訪ねるための”事前学習”の体裁となって
います。長崎へ生徒を引率する社会科の先生に、USB素材を
画面に出していただくサポートをしていただきました。
映画のダイジェストとパワーポイントで被爆体験を伝え、
今回は「被爆者の4つのカテゴリー」も丁寧に説明しました。

そして最後は、勝手ながら高校生の皆さんに”エール”を送り
ました。私から見ると17歳~18歳の彼らは、ジャスト”孫世代”
です。
「これからの未来、自分が何をしてゆこうかと考え、悩む時期
だと思いますが、思う存分取り組んで欲しい」と伝えました。

私自身、中学・高校時代に出会った教師から、刺激を受けました。
”世界観”を形成するヒントをもらいました。
そして得た”世界観”の軸となるのは、”物事は疑ってかかれ”だったと
思います。

高校生の真剣な表情をまじかに見ることは、とても得難い体験で、
心地よかったものでした。
今後もできる限り講話を続けて行きたいと思いました。

「カネミ油症」でも同じように高校生に伝えてゆく”仕組み”を
どのように構築できるのか、考えてみたいと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(222)9月10日

 ~国が果たすべきことは何か?を問う Ⅱ~

9月8日に厚生労働省健康・生活衛生局(「要請書」第10回目)
の回答と五島市役所から届いた情報開示文書には、”連環”する
部分”があり、合わせて”読み解き”をしているところです。
今少しお待ちいただきたいと思います。(9月12日の予定)

昨日五島市における長崎新聞購読者の方々にお配りする、
「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」のチラシ(告知案内)
を約6000部の印刷に取り掛かったと、当プロジェクト共同代表の
藤原さんから連絡が入りました。
実際に配達されるのは、9月26日(土)の予定です。
五島国際フォーラム開催の2週間前に、開催案内をご覧になって
「参加してみようか」と考えていただくには、いいタイミングと
考えました。

今回五島国際フォーラム開催を10月10日にこだわりがあるのは、
カネミ油症が”奇病”と新聞報道されたのが、1968年(昭和43年)
10月10日だったことに由来しています。

そして今回新作映画「幻のかくめい」において、「サークル村」
(1960年1月号)で作家 石牟礼道子さんが”奇病”として、
水俣病のルポルタージュを発表していることを伝えますが、
”水俣病”も”カネミ油症”も当初は”奇病”という報道から始まって
いることに、大きな”因縁”を感じざるを得ません。
「苦海浄土」(講談社)刊行は、9年後の1969年のことでした。

私が信条とする「ドキュメンタリーは告発」とは、そうした
事実の”連環性”を伝えることなのではないか、と考えています。

まだ構想段階ですが、2027年10月10日は日曜日。
場所は福岡県福岡市博多か北九州市小倉(原因企業、カネミ倉庫
の所在地)で国際フォーラムを行いたいと考えています。
そして「カネミ油症から60年」となる2028年は、どこがいいのか、
と思いを巡らせているところです。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(221)9月9日

  ~国が果たすべきことは何か?を問う~

昨晩厚生労働省健康・生活衛生局の担当者から、2か月
遅れで”回答”が届きました。
詳しく回答内容の”吟味”を行い、明日付けのこの欄でお伝え
したいと思います。

そして来週送付予定の「要請書」(11回目)に反映させたい
と考えています。

また昨日五島市役所に情報開示を求めていた、カネミ油症
被害者(認定者)の医療費負担(被害者本人負担分以外)に
ついても文書が届きました。
五島市及び担当者の”誠実な対応”に心より感謝申し上げます。
こちらも開示内容を近日中に精査の上、
皆さまにお伝えしたいと思います。

8月後半に五島市を訪ね、「カネミ油症 五島国際フォーラム
2026」
の準備と関係者との打合せを行いました。
開催当日のユーチューブ配信及びオンラインでの参加について、
地元スタッフのご協力いただく体制が整いました。
今月末には、五島市における長崎新聞購読者向けに、
本HP冒頭に掲げた”チラシ”を配布し、フォーラム開催の
周知徹底を果たしたいと考えています。

こうした開催準備には、さまざまな”経験値”が必要で、経験の
ベースの上、さらに何が”必要か”を模索しています。
その意味では、昨年まで7回に渡り、毎夏長崎市内で行った
「ナガサキ映画と朗読プロジェクト」(長崎原爆資料館で2日間)
を開催してきた経験が、生かされていると感じています。

諺にもあるように「一朝一夕」で物事が進むことはありません
から。

さて昨晩旧友と雨の新宿で再会し、よもやま話をして帰宅した
ところ、”衝撃的な知らせ!”が届きました。

無名塾が来年2月末で”解散”するというのです。

昨年11月8日に仲代達矢さんが亡くなって以降も、粛々と取材を
続けていて、この秋の「わが町」「等伯」の稽古と舞台公演も
と動き出していたところです。

社会は、世界は日々、刻々と動いています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(220)9月8日

 ~ 「幻のかくめい」Ⅳ ~

昨日の午前中は雨に降りこめられていたので、10月半ばの
福岡・筑豊での「幻のかくめい」上映会について、5か所
を決めることができました。
福岡市、小倉、黒崎、中間、鞍手の公的施設で上映会を
行います。会場押さえ、上映用プロジェクターとDVD
プレーヤーの手配、続いてチラシの配布、メディアの
告知と一連の動きとなります。
今回は地元に協力者がいることが、大きな支えでもあり
ます。

カネミ油症の国会上映会の動きも始まりました。
昨年1月28日の時は、一般の参加者への告知が十分では
なかったので、力を入れたいと思います。

そして9月9日午後に、長野県岡谷市に入り、翌日午前10時
から、岡谷東高等学校2年生3クラス120人に、
「ヒロシマ ナガサキ 二重被爆者山口彊の被爆体験」
題して、45分の講話を行います。
岡谷市は初めて訪ねる街ですが、諏訪湖の畔にあるらしく、
前日は”夕景”や樹々の揺れ、花、湖岸の波、雲などを撮影
しようと考えています。うまく撮影できたら、今月半ばの
「幻のかくめい」最終編集で生かすことができると考えて
います。雨でも、曇りでも、晴れでもいいので、運を天に
任せて”自然の姿”を切り取りたいと思います。

話を聞いていただく高校生は、今月末に修学旅行で長崎に
行くことになっており、原爆資料館を中心に3時間ほどしか
滞在しないようですが、しっかり”平和への思いと記憶”を
作って来て欲しいと願っています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(218)9月6日

 ~「幻のかくめい」 Ⅱ~

今日から明日にかけて、東京にかなりの雨が降る見込みとの
予報が流れています。家に籠っての”作業日”になります。

昨晩次回作「幻のかくめい」の音声が出来上がり、残すのは
今月15日・16日に行う”最終編集”のみとなりました。
”完パケ”と呼ぶ状態になれば、劇場公開用DCP作成、上映会
用のBD(ブルーレイ)・DVD作成となります。
一方全国各地の劇場へ上映依頼や自主上映会の案内など、
映画製作は、ここからが”勝負”です。

いよいよ10月初めの”臨時国会召集”が現実化してきているので、
「消費税減税」「2027年度予算審議」などが立て続けの中で、
「カネミ油症被害者救済」へ向けた国会活動の準備を急がなく
てはなりません。
まず昨年1月に続いて、遅くも10月中開催の「母と子の絆~
カネミ油症の真実」上映会+集会を参議院議員会館で決め
ようと思います。

これまで皆さんにご覧いただいた、このHPのヒット数も
おそらく今日で29900を越えそうです。
近日中には3万を越えたいと思います。
今後とも皆様にご覧いただけるように、フレッシュで、
力強い”投稿”をして参ります。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(217)9月5日

 ~「幻のかくめい」について~

私の手元に、表に「サークル村」と書かれたノートがあり、
B5版、30ページ、「Complete」と打ち込まれて、計6冊が
ガムテープでとじ込まれています。
表には、2017.12.25と書かれており、最初1冊目を書き始め
たのは、およそ9年間です。
2017年秋には「憲法を武器として 恵庭事件・知られざる
50年目の真実」
の全国上映が始まったころです。

「サークル村」とは、1958年9月から九州北部・中間市で発行
された「サークル誌」で、九州7県と山口県にまたがる各地の
サークルに呼びかけ、”全九州サークル交流のための会員誌”と
して毎月刊行されました。
中心人物は、詩人 谷川雁 作家上野英信 作家森崎和江の
3人が、中間市本町の借家に隣どうしで住み、”九州サークル
研究会”が発行元になっていました。
当時中間市は、炭質に恵まれた大正炭鉱が町の経済の中心を
担っていて、およそ2000人の抗夫を抱えていたのです。

カネミ油症事件に取り組んだ「母と子の絆~カネミ油症の
真実」の取材開始が2000年秋でしたから、その3年前から
まず、調査を始め、さまざまな本を読み始めるところから
一歩、一歩でした。
今回「幻のかくめい 筑豊からのメッセージ」というタイトル
で、84分ほどのドキュメンタリー作品に仕上がろうとして
います。今日から数回に渡り、一本の映画ができるまでの
物語を皆さんに知っていただければと思います。

なぜ今、この映画を完成させるのか?
ご覧いただく方々に何を伝え、届けたいのか?
何かの”ヒント”になって下さると嬉しいです。

9月13日の沖縄県知事選がどうなるのか?注目です。
そして秋の臨時国会開催は、10月初旬の見込みとの報道に
集約されてきました。
「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」(10月10日長崎県
五島市)開催を軸に、カネミ油症被害者救済に向けて、
どんな展開ができるのか?喫緊の問題になってきました。

カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(216)9月4日

 ~”情報公開(情報開示)”について~

日本における”情報公開”制度が遅れていることは、
これまでも指摘されています。
この国には”隠蔽と改ざん”の風土が色濃くあるからです。
安倍政権の”森友学園”問題が顕著でしたが、
ドキュメンタリー映画を通して、”伝える”上で、しばしば
”その壁”に直面するのです。

当プロジェクト共同代表の藤原さんは、ダイオキシン
問題はじめ、これまで国、自治体、民間会社などに膨大な
”情報開示”を求めてきた、言わば”プロフェッショナル”で、
直近では「カネミ倉庫が負担すべき医療費」を”肩代わり”
せざるを得ない自治体からの資料を待っています。
しかしながら、すべての自治体が”情報開示”に応じている
訳ではありません。ここが重要です。

前回の衆議院北海道8区で残念ながら落選し、
国会への復帰活動中の逢坂誠二さんと、函館での上映会で
お話する機会があった時、
「私が議員として第一に考えているのは、この国の
”情報公開”のルールをしっかり作り上げないといけない」
と聞きました。もっと多くの国会議員が”情報公開”に着目
しなければなりません。憲法、経済などと共に、重要な
案件だと思います。

昭和20年8月、いよいよ敗戦が決定的となった時期に、
全国各地の公的機関、民間を問わず、戦争遂行に関わる
紙資料を次々と焼却し、”なかったものとした”と
中学校の日本史の時間で学んだ記憶があります。
その“悪しき歴史”は今も続いているのだと思います。

開示された情報を報道(新聞・放送・インターネット等)
の場で示し、より国民の議論活性化の道を進めたいと
思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(215)9月3日

 ~やってみなければわからない~

今年度にカネミ油症検診を行うのは12府県。
北から、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府、島根県、
広島県、山口県、愛媛県、高知県、福岡県、長崎県、
鹿児島県で、およそ25日~30日。

当プロジェクトからの提言は、
①検診規模の拡大(東京都はじめ、空白県を減らす)
②検診の利便性を高める
 重症被害者への訪問検診の実施
 (厚労省への「要請書」10回目に記載)
③検診告知方法の飛躍的な展開
 厚労省のHPのみならず、各自治体での広報、新聞・
 放送・インターネットでの告知を拡大する
④「カネミ油症被害」を伝える人(仮題)活動実施
⑤全国の大学~小学校向けの、リーフレット及び映像データ
 (10分前後)配布
です。
とにかく一つ一つ実施する作戦を進めたいと思います。

今「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」に向け、
情報・提案を集め、できることから始めます。

「やってみなければわかりません」ので。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝