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すべてのカネミ油症被害者救済へ(224)9月12日 NEW!
 ~3万ヒットは”最初のステージ”突破!です~


昨日9月11日朝の投稿(223)をご覧になった方が
数十名おられたので、当面の目標としていたHPの
アクセス回数が3万ヒットを越えました。
 (画面右側最下段にアクセス回数が表示されています)
ご覧いただいている皆様のご支援、ご協力に感謝申しあげ
ます。さらに4万、5万ヒット突破を目指したいと思います。

選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。
  日本社会党(当時)の土井委員長の言葉として有名に
なりました。

日頃考えているのは、「すべてのカネミ油症被害者救済へ」
に向けて、”山が動く”とは何だろうか?です。
もちろんただ待っていても無理で、自ら動くことしかあり
ません。

一つの例として挙げると、「チェルノブイリ・ハート」の上映
体験があります。2011年3月11日東日本大震災が起き、間もなく
東京電力福島第一原子力発電所がメルトダウン(炉心溶解)し、
大量の放射性物質が大気中に拡散しました。
かのチェルノブイリ事故(1986年)と匹敵するほどの”大事故”と
なったのです。
私は事故からすぐ福島県南相馬市、飯舘村(一時全村避難)
の取材を始め、翌2012年に
「フクシマ2011~被曝に晒された人々の記録」を上映しました。

そして東京電力の事故が起こった2011年夏、米国のマリアン・
デレオ監督の「チェルノブイリ・ハート」を取り寄せ、日本語
字幕を付けて、上映活動を始めました。
またたくまに国内100館で上映、そして主婦の皆さんが開く
”自主上映会”が200カ所までに広がったのです。
まさしく”風が動いた”のです。
連日上映依頼の電話を受けながら、”事実を伝える意味”を
感じました。

これから、新たなキッカケを作っていきたいと思います。

  カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。


3万ヒットは”最初のステージ”突破!です~

昨日9月11日朝の投稿(223)をご覧になった方が
数十名おられたので、当面の目標としていたHP3万ヒット
を越えました。
 (画面右側最下段にアクセス回数が表示されています)
ご覧いただいている皆様のご支援、ご協力に感謝申しあげ
ます。さらに4万、5万ヒット突破を目指したいと思います。

選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。
  日本社会党(当時)の土井委員長の言葉として有名に
なりました。

日頃考えているのは、「すべてのカネミ油症被害者救済へ」
に向けて、”山が動く”とは何だろうか?です。
もちろんただ待っていても無理で、自ら動くことしかあり
ません。

一つの例として挙げると、「チェルノブイリ・ハート」の上映
体験があります。2011年3月11日東日本大震災が起き、間もなく
東京電力福島第一原子力発電所がメルトダウン(炉心溶解)し、
大量の放射性物質が大気中に拡散しました。
かのチェルノブイリ事故(1986年)と匹敵するほどの”大事故”と
なったのです。
私は事故からすぐ福島県南相馬市、飯舘村(一時全村避難)
の取材を始め、翌2012年に
「フクシマ2011~被曝に晒された人々の記録」を上映しました。

そして東京電力の事故が起こった2011年夏、米国のマリアン・
デレオ監督の「チェルノブイリ・ハート」を取り寄せ、日本語
字幕を付けて、上映活動を始めました。
またたくまに国内100館で上映、そして主婦の皆さんが開く
”自主上映会”が200カ所までに広がったのです。
まさしく”風が動いた”のです。
連日上映依頼の電話を受けながら、”事実を伝える意味”を
感じました。

これから、新たなキッカケを作っていきたいと思います。

  カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。


3万ヒットは”最初のステージ”突破!です~
昨日9月11日朝の投稿(223)をご覧になった方が
数十名おられたので、当面の目標としていたHP3万ヒット
を越えました。
 (画面右側最下段にアクセス回数が表示されています)
ご覧いただいている皆様のご支援、ご協力に感謝申しあげ
ます。さらに4万、5万ヒット突破を目指したいと思います。
選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。
  日本社会党(当時)の土井委員長の言葉として有名に
なりました。
日頃考えているのは、「すべてのカネミ油症被害者救済へ」
に向けて、”山が動く”とは何だろうか?です。
もちろんただ待っていても無理で、自ら動くことしかあり
ません。
一つの例として挙げると、「チェルノブイリ・ハート」の上映
体験があります。2011年3月11日東日本大震災が起き、間もなく
東京電力福島第一原子力発電所がメルトダウン(炉心溶解)し、
大量の放射性物質が大気中に拡散しました。
かのチェルノブイリ事故(1986年)と匹敵するほどの”大事故”と
なったのです。
私は事故からすぐ福島県南相馬市、飯舘村(一時全村避難)
の取材を始め、翌2012年に
「フクシマ2011~被曝に晒された人々の記録」を上映しました。
そして東京電力の事故が起こった2011年夏、米国のマリアン・
デレオ監督の「チェルノブイリ・ハート」を取り寄せ、日本語
字幕を付けて、上映活動を始めました。
またたくまに国内100館で上映、そして主婦の皆さんが開く
”自主上映会”が200カ所までに広がったのです。
まさしく”風が動いた”のです。
連日上映依頼の電話を受けながら、”事実を伝える意味”を
感じました。
これから、新たなキッカケを作っていきたいと思います。
  カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。

3万ヒットは”最初のステージ”突破!です~

昨日9月11日朝の投稿(223)をご覧になった方が
数十名おられたので、当面の目標としていたHP3万ヒット
を越えました。
 (画面右側最下段にアクセス回数が表示されています)
ご覧いただいている皆様のご支援、ご協力に感謝申しあげ
ます。さらに4万、5万ヒット突破を目指したいと思います。

選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。
  日本社会党(当時)の土井委員長の言葉として有名に
なりました。

日頃考えているのは、「すべてのカネミ油症被害者救済へ」
に向けて、”山が動く”とは何だろうか?です。
もちろんただ待っていても無理で、自ら動くことしかあり
ません。

一つの例として挙げると、「チェルノブイリ・ハート」の上映
体験があります。2011年3月11日東日本大震災が起き、間もなく
東京電力福島第一原子力発電所がメルトダウン(炉心溶解)し、
大量の放射性物質が大気中に拡散しました。
かのチェルノブイリ事故(1986年)と匹敵するほどの”大事故”と
なったのです。
私は事故からすぐ福島県南相馬市、飯舘村(一時全村避難)
の取材を始め、翌2012年に
「フクシマ2011~被曝に晒された人々の記録」を上映しました。

そして東京電力の事故が起こった2011年夏、米国のマリアン・
デレオ監督の「チェルノブイリ・ハート」を取り寄せ、日本語
字幕を付けて、上映活動を始めました。
またたくまに国内100館で上映、そして主婦の皆さんが開く
”自主上映会”が200カ所までに広がったのです。
まさしく”風が動いた”のです。
連日上映依頼の電話を受けながら、”事実を伝える意味”を
感じました。

これから、新たなキッカケを作っていきたいと思います。

  カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。


一昨日午後、長野県岡谷市に向かいました。
初めて訪ねる街です。中学の教科書では、岡谷は「養蚕業」
で栄えた町と習いました。
今回は、岡谷東高校3年生(3クラス、120名)の方々に
「ヒロシマ ナガサキ 二重被爆者 山口彊さんの被爆体験」
をテーマにお話させていただきました。

来月長崎を”修学旅行”で訪ねるための”事前学習”の体裁となって
います。長崎へ生徒を引率する社会科の先生に、USB素材を
画面に出していただくサポートをしていただきました。
映画のダイジェストとパワーポイントで被爆体験を伝え、
今回は「被爆者の4つのカテゴリー」も丁寧に説明しました。

そして最後は、勝手ながら高校生の皆さんに”エール”を送り
ました。私から見ると17歳~18歳の彼らは、ジャスト”孫世代”
です。
「これからの未来、自分が何をしてゆこうかと考え、悩む時期
だと思いますが、思う存分取り組んで欲しい」と伝えました。

私自身、中学・高校時代に出会った教師から、刺激を受けました。
”世界観”を形成するヒントをもらいました。
そして得た”世界観”の軸となるのは、”物事は疑ってかかれ”だったと
思います。

高校生の真剣な表情をまじかに見ることは、とても得難い体験で、
心地よかったものでした。
今後もできる限り講話を続けて行きたいと思いました。

「カネミ油症」でも同じように高校生に伝えてゆく”仕組み”を
どのように構築できるのか、考えてみたいと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

●すべてのカネミ油症被害者救済へ(222)9月10日
~国が果たすべきことは何か?を問う Ⅱ~
 

9月8日に厚生労働省健康・生活衛生局(「要請書」第10回目)
の回答と五島市役所から届いた情報開示文書には、”連環”する
部分”があり、合わせて”読み解き”をしているところです。
今少しお待ちいただきたいと思います。(9月12日の予定)

昨日五島市における長崎新聞購読者の方々にお配りする、
「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」のチラシ(告知案内)
を約6000部の印刷に取り掛かったと、当プロジェクト共同代表の
藤原さんから連絡が入りました。
実際に配達されるのは、9月26日(土)の予定です。
五島国際フォーラム開催の2週間前に、開催案内をご覧になって
「参加してみようか」と考えていただくには、いいタイミングと
考えました。

今回五島国際フォーラム開催を10月10日にこだわりがあるのは、
カネミ油症が”奇病”と新聞報道されたのが、1968年(昭和43年)
10月10日だったことに由来しています。

そして今回新作映画「幻のかくめい」において、「サークル村」
(1960年1月号)で作家 石牟礼道子さんが”奇病”として、
水俣病のルポルタージュを発表していることを伝えますが、
”水俣病”も”カネミ油症”も当初は”奇病”という報道から始まって
いることに、大きな”因縁”を感じざるを得ません。
「苦海浄土」(講談社)刊行は、9年後の1969年のことでした。

私が信条とする「ドキュメンタリーは告発」とは、そうした
事実の”連環性”を伝えることなのではないか、と考えています。

まだ構想段階ですが、2027年10月10日は日曜日。
場所は福岡県福岡市博多か北九州市小倉(原因企業、カネミ倉庫
の所在地)で国際フォーラムを行いたいと考えています。
そして「カネミ油症から60年」となる2028年は、どこがいいのか、
と思いを巡らせているところです。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

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■映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」(問合せ先:090-3433-6644 稲塚)
上映会の予定予定・実績一覧リスト随時更新しています)  
  ①文京区民センター3C会議室(地下鉄「春日」「後楽園」から徒歩1~5分)
   9/22(火・祝) 14:00~開場13時30分
   10/24(土)   14:00~開場13時30分 参加費:1,000円
  ②五島市総合福祉保健センター 教養娯楽室 (五島市三尾野1-7-1)
   10/10(土)10:15~ 開場9:30 

スクリーンショット  プレリリース  ★映画のダイジェスト版(35分)の活用のお願い!

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