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●すべてのカネミ油症被害者救済へ(194)8月12日 NEW!
~何事も、まず疑ってみる~
昨晩から今日一杯の関東地方は、台風の影響で風雨に晒される
見込みです。
外出する際は、充分気を付けてください。
長年テレビ番組、ドキュメンタリー映画製作に携わっていると、
何事も、まず疑ってみることから始まります。そして自分の力で
調べて、事実なのかどうか確認することが肝要でしょうか。
いつの頃からか、手軽に調べることのできる”ウイキペディア”の
情報に惑わされることが多くなり、“一次情報”としてみますが、
必ず確認作業を行います。今でいえば”AI情報=チャットGPT”も
同じです。
おそらくメディアに従事する記者やスタッフも、先輩から指摘されて
いることでしょう。でも報道に失敗はつきもので、校了時間が迫って、
ギリギリでのチェックをおろそかにしたまま、出稿することも
あるはずで、自戒を込めてお伝えしています。
高市政権が進める”消費税減税”が本当に市民生活にとって有効か
否か、喫緊のテーマとして、疑ってみる必要があります。
世界の中で、日本の通貨、日本の評価が揺らぐ可能性があるからです。
来年4月から(予定では)実施されてから、気づくのは遅い、
まさに”破綻へ滑り落ちる”ことになると考えています。
私は今、一人の権力者の”野心と野望”の実現にために、どんなことに
なってゆくのか?一つ一つその行方を見定めようと思います。
カネミ油症救済プロジェクトでは、10月10日開催「カネミ油症
五島国際フォーラム2026」を軸に、その前後(9月後半か10月半ば以降)
に臨時国会が開かれる想定をしながら、どのように対応にしてゆく
べきか、いくつかの”展開案”を台風・お盆休みの中で、練り込んで
行きます。
カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝
●すべてのカネミ油症被害者救済へ(193)8月11日
~カネミ油症被害者何人?~
1945年8月6日、広島に原爆が投下され、町は焼け野原と化し、
ほぼ半分の方々が即死、数か月以内で亡くなったという。
翌8月7日昼頃、己斐駅から避難列車が西に向かっている。
被爆した広島駅は列車が通過できず、西へ2駅の己斐駅から
生き残った国鉄職員の力で動かすことができた。今も当時の
詳しい運転記録は残っていない。そこは列車の乗客の記憶に
頼るしかない。
山口彊さん(当時29歳)は、己斐駅に向かう路面電車の鉄橋を、
腹ばいになって渡り、ようやく列車の窓側の席に座ることが
できた。窓越しのホームにある水道の蛇口が被爆で壊れていて、
水が迸っているのが見え、のどが渇いて飲みたかったが、席を
離れる気力も体力もなく、ただ眺めていたと思いだして
いました。
己斐駅は今の西広島駅で、駅前には路面電車の己斐駅が今も
残っており、駅前の一角には“碑”が立っている。
福井絹代さん(当時14歳)は、爆心から1.7㌔で被爆後、”比治山”
”広島大学の敷地で野宿””似島の防空壕”から、8月8日広島駅から
避難列車に乗ったと話します。2歳年下の国義さんと、故郷長崎
に戻ることにしたのです。2日間何も口にしていなかった2人は、
列車で知り合った母子(下関で下車)から、
「二人で食べて」と水蜜桃を2個いただき、
「あの水蜜桃はおいしくて、いま思い出しても涙が出ます」と。
広島と長崎の平和祈念館に数年間通い、被爆体験記や各地の
被爆団体発行の手記を書き写すことで、
映画「ヒロシマ ナガサキ 最後の二重被爆者」(2019)では、
135名のお名前と肩書(一部不明)を知ることができました。
その後、その数は150名を越えることができました。
福井絹代さんと一昨日お話をしました。8月14日に96歳の誕生日
を迎えますので、15日に福井さんが住む青森市を訪ねることに
しています。楽しみです。
「カネミ油症の被害者」特に、国に被害者として認められていない
方々は、数十万人に及ぶと考えられています。
すでに亡くなってしまった方、「カネミライスオイル」を食べた方の
お子さん、お孫さん、さらにひ孫さんに至るまで、気の遠くなるような
”不条理な事実”は58年の歴史に埋もれていると思います。
まず、一歩ずつでしょうか。
これからも皆さんにお伝えして行きながら、進めて行きたいと思います。
カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝
●すべてのカネミ油症被害者救済へ(192)8月10日
~8月9日、長崎平和宣言~
昨日は長崎に原爆投下されてから81年目でした。
「長崎平和宣言」が始まったのは、1948年(昭和23年)からで、
1950年を除いて、毎年読み上げられてきました。
今回は鈴木史朗長崎市長が読み、「人間と核兵器は共存できない」
「核抑止論は成立しない」と述べていた。
そして6歳の時に被爆した本村チヨ子さんが、自らの被爆体験の
記憶をゆっくりと語っていました。被爆後倒壊した中庭に倒れた
チヨ子さんを、ご自分の身体で覆い、守ってくれた祖母は、翌年
春に亡くなったという。
広島に続いて、高市総理は”言葉遊び”に終始していた。「非核三原則」
を堅持し、核拡散条約に取り組むことはあり得ないようだ。
長崎市原爆被爆対策部には、広島と長崎で二度被爆した“両市被爆”者
の名前が記録されていて、胎内被爆の2名を含む、9名と聞いている。
数年前には13名でしたから、次第に減っているのが現実なのでしょう。
一方、広島市役所には、”両市被爆”者の記録はなく、そもそも遺されて
いない。8月6日に広島、9日に長崎という時系列から考えて、当然とも
言えるのだが、現実には広島→長崎→広島、長崎→広島で居住された
方もいたのだが、おそらく”想像力”が働かなかったのだろうか。
カネミ油症の場合、国(厚生労働省)が被害者として認めない人が
どの位いるのか?親から子や孫にダイオキシン類(カネミライスオイル)
が「へその緒」を通じて移行していることが明らかなので、増え続けて
いるのではないかと考えられている。
国が記録、調査しようとしないのであれば、当プロジェクトが統計的な
見地から、根拠を基に明らかにしなくてはいけないと考えており、
いま着手し始めたところです。
10月開催の「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」には、指針を
示したいと考えています。
カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝
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■映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」(問合せ先:090-3433-6644 稲塚)
★上映会の予定(予定・実績一覧リスト:随時更新しています)
①文京区民センター3C会議室(地下鉄「春日」「後楽園」から徒歩1~5分)
9/22(火・祝) 14:00~開場13時30分
②五島市総合福祉保健センター 教養娯楽室 (五島市三尾野1-7-1)
10/10(土)10:15~ 開場9:30
★スクリーンショット ★プレリリース ★映画のダイジェスト版(35分)の活用のお願い!
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★★直近メディア報道★★(⇒全件)
●ネット記事(5/19) NEW!
カネミ油症、被害者救済へ 市民団体 10月、五島でフォーラム /長崎(毎日新聞)
●ネット記事(1/25)
新基準「いつまで待てば」 次世代調査に患者側いらだち カネミ油症(長崎新聞)
●ネット記事(12/28)
カネミ油症被害の声「忘れないで」 苦悩を描いた映画を五島で上映 いまも続く課題共有(長崎新聞)
★★告知★★
■追悼 仲代達矢
■全国の”心ある”医師の皆さまへ
■全国の医学系・薬学系大学で指導される
みなさまへ
■ 岩村定子「へその緒プロジェクト」基金を
創設しました。
■あらためて、へその緒プロジェクト より
・宮田秀明摂南大学名誉教授の分析報告書と論文
・「母と子の~カネミ油症の真実」とは?
・カネミ油症 製作委員会から皆様へ(提案)
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