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すべてのカネミ油症被害者救済へ(200)8月18日 NEW!
 ~カネミ油症 講話に関する考察~

カネミ油症について、講話しませんか?と呼びかけています。
国籍、年齢、性別は問いません。講話の内容はご自分
で考えていただくことが必須です。
カネミ油症を知って、いまだに数十万人の方々が被害者と
して認められず、救済されていない現実、実相をぜひ
伝えていただきたい、と考えています。

私が今”交流証言者”となっているのは、長崎平和推進協会
継承課が担当する”派遣事業”(国内各地へ派遣可能)の一環です。
①家族証言者 被爆者の家族の方20名が登録されています。
②交流証言者 被爆者と交流があったり、被爆体験に関心
       持った方々で、延べ50人余の方がいます。
       中には同じ被爆者の体験を10名がそれぞれ
       語ることもあります。
長崎平和推進協会HPを覗いてください。

すでにお伝えしたように、私が交流証言者として、全国
(主に関西以北)20か所の中学・高校生に講話してきた
ことが基本です。
ただ「カネミ油症」の講話者は、”やりたい人がやる”精神で
いいと考えていますので、取り組むハードルは低くしたいと思います。

ぜひ 応募をお待ちしています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(199)8月17日 
 ~全精力を”高校生に向けて” Ⅱ~

昨日地元「苫小牧映画サークル」第18回上映会で、「陸軍」
(木下恵介監督作品、1944年=昭和19年)をご覧いただき
ました。モノクロ映画で、音声(セリフ)が聞き取りづらい
ところもありましたが、ズシリと重く、響く内容でした。
慶応2年から、日清・日露戦争を経て、太平洋戦争に至る
家族(笠智衆・田中絹代夫婦と子どもたち)を淡々と描いて
います。映画冒頭に、”陸軍省後援”と掲げられて、いわゆる
”国威高揚”を目的とした映画であり、戦時下の福岡が舞台。
戦争遂行の中、圧巻は最後の10分です。町中を進軍行進する
息子を見送る田中絹代さんの演技は、周りで日の丸の旗を
振り、歓声を上げる人々の中で、息子の無事を願い、行進
する姿を見つけ、追いかけるのです。異空間のようでした。

木下恵介監督は、この映画完成後、厳しく叱責され、
終戦まで映画製作に関わることができなかったと聞きました。

木下監督の、映像製作者としての”矜持”を感じました。

そして「カネミ油症」を伝える”講話者”をどのように見つけ、
広めてゆくべきか。考えています。
(198)でお伝えした、被爆体験の”交流証言者”のように、
被害者本人や家族(お子さんやお孫さんなど)ではない
各世代の方々が、「カネミ油症事件」を知り、感じたことを、
ご自分の感性と視点によって、伝えていただくことが大切
だと思います。
ご興味とご関心を持っていただける方は、ぜひ当ホームページ
の”お問い合わせ”コーナーでご連絡をお願いいたします。

今後「講話者制度」の運用についての進捗状況については、
適宜、随時この欄でお伝えして参りたいと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(198)8月16日 
~全精力を”高校生に向けて”~

5年前に長崎平和推進協会の被爆継承活動の中で、”交流証言者”になりました。
映像取材者として、”二重被爆者”山口彊(つとむ)さんを取り上げ、
ほぼ毎年2校ずつ、9月10日に岡谷東高等学校(長野県)が20校目となります。
これまで八尾市(大阪府)の中学校を8校訪ねたのが、
2年前で、午前・午後と4日間に渡って、講話をした時は、
ワクワクするような感動を覚えたものです。
そして高校生に話すことは”確かな手ごたえ”を感じ、
講話後に届く”感想文”を読むのが楽しみなのだ。

これは国(厚生労働省)の事業の一環で行われており、
2年前から、二重被爆者福井絹代・相川国義(故人)の
姉弟の講話作成に取り組み、来春には全国行脚を開始
するべく準備を進めています。

今度は「カネミ油症被害者救済プロジェクト」として、
民間の立場で、”カネミ油症とは何か”を伝え歩く講話活動
を行いたいと考えています。もちろん各地で開催する映画
「母と子の絆~カネミ油症の真実」上映会のアフター・
トークで映画製作のキッカケや58年経った今なにを伝え
るべきかも、その一環ではないかと考えています。

今後どのように”カネミ油症講話活動”を展開してゆくべきか
について、実施計画を作成し、「カネミ油症 五島国際
フォーラム2026」で発表したいと思います。
ぜひ皆様からのご意見をお聞かせください。
また”自分も話してみたい”という仲間を募集したいと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(197)8月15日 
 ~私の”原点”は恵庭事件判決だった Ⅱ~

また今年も8月15日を迎え、またぞろ「靖国参拝」を
するかどうかの報道が溢れかえっています。
保守の人々の”通過儀礼”にすぎないのかもしれないが、
あるいは”存在証明”なのかもしれないが、いい加減
”あほらしい”ことと思わないのだろうか?
私たちは、きちんと高校の日本史で学んだはずで、
”戦争遂行者(あえてA級・・・・)”を祭った特殊な
神社であって、恥ずべき場所だとしか言いようがない
のである。

さて昨日の(196)の続きをお伝えしたい。これも、
この時節だから、話しておきたいと思うのです。

高校2年の秋の文化祭で、恵庭事件を描いた「叫び」と
いう演劇をクラスメートが”朝練”で一か月練習していた
のは、放課後にはそれぞれ部活があったからで、職員室の
許可をもらい、朝7時過ぎから約一時間、「武道場」で、
本読み→立稽古→通しリハーサルと続けていました。
別に”演劇甲子園”を目指したわけではないが、
そこには”情熱”があったのだと思います。

当時母校には、全国大会出場レベルの演劇部があり、
クラスに数人演劇部員がいたのだが、あえて出演して
もらわなかった。
それは、明らかに演技のレベル差だけが観客に伝わる
だけだと思ったからである。
そして”叫び”を上演するまでを、小説に書いてしまった。
タイトルは「幕が上がるまで」。作家安岡章太郎さんの小説
「幕が下りてから」をなぞったのです。
その小説は「第5回有島青少年文芸賞」(北海道新聞社主催)
の佳作となった。優秀賞は佐藤泰志(函館西高校3年)の
「市街戦のジャズメン」(1967年10月8日の羽田闘争を描いた)
だった。50年前は明らかに”政治の季節”だったのである。
昨年「市街戦のジャズメン 作家佐藤泰志の衝撃」をようやく
完成することができたのだが、その話は別の機会に・・。

そして翌1968年、「群青色の喜劇 ニッポンの高校生」を上演
するのだが、生硬な中身で全く受けなかった。
懲りずに「アスファルトの上を」を書いて、「第6回有島青少年
文芸賞」佳作となりました。

秋、市内の目抜き通りを自衛隊の戦車がパレードを行い、
一人の高校生が路上から”生卵”を戦車に向かって投げるのだが、
届くことなく、アスファルトの上にまき散らされ、”ジュ―”と
音を上げ、警備の警官がこちらに向かってくる。というところで
終わるという内容だった。

私が今注目しているのは、”今を生きる高校生”です。
「二重被爆」「恵庭事件」「カネミ油症」の上映会に来て下さるのは、
60代以上の方々で、
「もっと若い人に見てもらえたらいいのに・・」
という言葉が、アンケート用紙に書き込まれています。
が、生活に懸命に取りくむ20代~30代に期待するのは”酷”では
なかろうか、と思わずにいられません。

これまで以上に全国各地の高校生の皆さんに近づき、迫ることが
求められていると感じています。
あらゆる方法を駆使して・・。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝


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■映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」(問合せ先:090-3433-6644 稲塚)
上映会の予定予定・実績一覧リスト随時更新しています)  
  ①文京区民センター3C会議室(地下鉄「春日」「後楽園」から徒歩1~5分)
   9/22(火・祝) 14:00~開場13時30分
   10/24(土)   14:00~開場13時30分 参加費:1,000円
  ②五島市総合福祉保健センター 教養娯楽室 (五島市三尾野1-7-1)
   10/10(土)10:15~ 開場9:30 

スクリーンショット  プレリリース  ★映画のダイジェスト版(35分)の活用のお願い!

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