すべてのカネミ油症被害者救済へ(235)9月24日

 ~ドキュメンタリーは”告発” Ⅴ~

ドキュメンタリーは”告発”も今日で一区切りとなります。
昨日の文京上映会は「幻のかくめい~筑豊からのメッセ―
ジ」
でした。定員20名の小部屋に、12人が集まりました。
”本邦初上映”でしたので、私も少々緊張しました。

昭和33年(1958)夏から始まった「サークル村」は、
新たな”文化創造運動”として、全九州と山口県を加えた
地域の各種サークルの交流誌でした。しかし野望はいずれ
日本中に広げようという”発想”があったのです。
軸となるのは、詩人谷川雁、作家上野英信、森崎和江で
した。さまざまな才能が集まります。水俣病告発に立った
石牟礼道子、「女と刀」の中村きい子などがいました。

一方で三井三池闘争から日米安保改定阻止(1960年)が
国論を二分し、炭坑の閉山問題も起こり、次第に政治活動
に移行します。当時としては当然の成り行きでした。
「サークル村」は休刊となり、福岡県中間市の大正炭鉱
では、「大正行動隊」が生まれ、その後大正炭鉱退職者同盟
へ移行してゆきます。これも必然の流れでしょうか。

この「幻のかくめい」は10月半ばに福岡県北九州市、中間、
鞍手などで上映会を開きます。
60年以上前の”わが町”をどう見てゆくのか?
良くも悪くも楽しみです。

「幻のかくめい」で何を告発するのか、皆さんに見つけて
いただきたいと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(234)9月23日

 ~ドキュメンタリーは”告発” Ⅳ~

台風25号が遠ざかり、晴天に恵まれた昨日、
「母と子の絆~カネミ油症の真実」文京上映会を開催
しましたが、残念ながら来場者はゼロでした。
当プロジェクトの藤原寿和さんと、じっくり1時間半
打合せを行うことにしました。
1)「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」の進行案
 を考え、前日朝に五島市福江港に着いてからの”段取り”
 にメドをつけることができました。
 講師の3名とメディア記者2名を加えた”トークセッション”
 のテーマは、
 「どのようにカネミ油症被害者救済へ向けて、広く、深く
 伝えてゆくか?」という、世論を熱く巻き起こす”戦略と
 戦術”を練りたいと思います。

閑話休題ですが、今日午後に文京区民センターで上映する
新作「幻のかくめい」でいえば、現代の谷川雁を見つけ、
育てなくては、という思い、一つです。

続いて打合せしたのは、
2)10月下旬に予定している「国会上映会&集会」の日程
  と内容についてです。

またまた閑話休題、「幻のかくめい」では、1958年福岡県
中間市で始まった「サークル村」の活動を取り上げています。
その紙面には、後に「苦海浄土」を書いた、石牟礼道子さん
が登場します。ズバリ!”奇病”として捉えた”水俣病”です。
水俣病告発の流れの中で、石牟礼道子さんの役割は大きく、
その活動を支えた上野英信さんも素晴らしいと思います。
私たちは従来の運動概念を棄て、”新たな英知と才能”を探し
に行かなくてはなりません、と痛切に思いました。

「母と子の絆~カネミ油症の真実」(86分)は、コンパクト
に50分程度にまとめ、”素敵な講師”と出会うようにしたいと
思います。

これから2週間をメドにして、集会の中身を詰めて行こうと
思います。ぜひ皆さんも参議院議員会館講堂へお越しください。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(233)9月22日

 ~ドキュメンタリーは”告発”ということ Ⅲ~

昨日は連続上映会の3日目。
台風接近が予想され、会場の文京区民センター3階の周りの
部屋もキャンセルされて、このフロアーの5部屋で、
唯一利用したのは「市街戦のジャズメン」の3C会議室だけ
でした。

「駅までの往復が心配なので・・・」とキャンセルはお一人
だけで、計7名の方々がご覧になりました。
今日は2本立てとなっていて、
「市街戦のジャズメン」(73分、2025)に続けて、
「書くことの重さ」(91分、2013)と、作家 佐藤泰志の世界
を観ていただきました。

佐藤泰志さんは41歳の時に、自死してしまい、本当に残念です。
亡くなって15年後に、全集が刊行され、20年後に映画「海炭市
叙景」が公開されてから、これまでに6本の劇映画が製作され
ました。いずれも若手の監督が丁寧に作り、素敵な作品となって
います。

今日は晴天に恵まれる見込みです。
いよいよ「母と子の絆~カネミ油症の真実」文京上映会です。

ここでこの欄をお借りして、お詫びさせていただきます。
「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」のチラシを作成する
際、映画でも取り上げた河野裕明カメラマン撮影の画像を使わせて
いただきましたが、改めて”お断わり”を済ませていませんでした。
お世話になった河野様に心よりお詫び申し上げます。
河野さんと私は、年齢が一緒で、学部は違いますが、同じ中央大学に
通っていた(1969~1973)という“縁”がありました。
今後は細心の注意を払い、ご相談して参りたいと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(232)9月21日

 ~ドキュメンタリーは”告発”ということ Ⅱ~

昨日は小雨とはいえ、雨が降り続く天気でしたので、
来場者はゼロかも知れないと思いました。

連続上映会の2日目は「フクシマ2011~被曝に晒された
人々の記録」
でした。東日本大震災、東京電力福島第一
原子力発電所の「炉心溶融」(メルトダウン)により、
全村避難を余儀なくされた飯舘村、南相馬市(かつて
原町市)の人々の生活を描いています。

2011年3月11日午後2時46分。
その時私は「二重被爆~語り部・山口彊の遺言」の上映
のため、夜遅くニューヨークに到着しました。
クイーンズの小さなホテルのラウンジが騒がしくなり、
「日本が大変なことになっているぞ」と知らされました。

大津波が街を飲み込み、人や車、家が”瞬間移動”のように
流されている光景が、CNNの映像として流れたのです。
4日後渋谷の事務所に戻ると、部屋中にDVDや本が散乱して
いました。そして原発事故により、大量の放射能物質が
まきちらされたのでした。

取材は4月から翌年1月までをまとめました。

上映開始間際に、70代の女性2名が来てくれました。
この春「憲法を武器として」をご覧になった二人は、
国会前集会参加の常連で、「経済産業省前の活動」にも
参加します。
原発事故発生から15年間続く抗議活動で、今は週5日間
昼から午後にかけて行われているとのことでした。
国会前で使われている”ペンライト”の使い方等、詳しく
情報交換ができました。
「南相馬の被害者の女性が『原発の廃炉(2040~50年)
を見届けられないのが悔しい』と言っていたのが心に
残る」と感想を話し、国会前の活動については、
「なかなか声をかけても、若い人が来なくてね・・」と

また上映前には、たまたま野党党首の方が来られて、
「映画は見られないけど・・」と言って、「フクシマ」
「カネミ油症 五島国際フォーラム」のチラシを
持って行かれました。相変わらず”疾風怒涛”の方です。

さて今日の関東は一日、台風の接近により、大雨と強風
となりそうです。
今日は「市街戦のジャズメン~作家 佐藤泰志の衝撃」
の上映会です。

「母と子の絆~カネミ油症の真実」上映会は明日、22日
午後2時から、文京区民センター3C会議室で行います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(231)9月20日


 ~ドキュメンタリーは”告発”ということ~

昨日から5日連続上映会を文京区民センターで始めました。

「憲法を武器として~恵庭事件 知られざる50年目の真実」
に来場されたのは3名。上映後に小一時間のアフタートーク
を行うのが楽しみです。
恵庭事件は1962年(昭和37年)12月、北海道恵庭町(当時)
野崎牧場の兄弟(20代)が、自衛隊の演習による爆音被害
に抗議し、通信線を切断した事件です。
国は”自衛隊法121条”(防衛の用に供するもの)違反で告訴し、
1967年(昭和42年)3月、被告だった野崎健美(たけよし)
さん、美晴(よしはる)さんは、札幌裁判所(一審)で
無罪の判決となりますが、法廷で争われた”自衛隊は合憲か
違憲か”の判断は出ず、
北海道新聞は”肩すかし判決”と見出しを打ちました。

高校1年の終わりだった私は、この”肩すかし判決”に激しく
反応することになり、後に映像製作を志す”原点”となりました。
半年後の夏に野崎牧場を訪ね、美味しい牛乳をいただきながら、
秋には”叫び”という戯曲を書き、クラスメートと共に舞台に
立つことになったのです。

「なぜ今の政治家や官僚は、高市政権に唯々諾々と追随
するのか?」60代男性が呟きました。
70代女性は「主人と一緒に観に来たかったけれど、体調が
優れず、一人で観に来ました。帰ってから”恵庭事件”に
ついて話します」と。

この日「憲法を武器として」文京上映会は81回目となり
ました。製作は2017年ですから、来年は10年目。
しかし映画を通して伝える内容は、”いまの日本”の現状を
色濃く反映しています。

映像(映画、テレビ番組、ユーチューブ等)の役割は
さまざまですが、
「ドキュメンタリーは告発だ!」というのが創り手と
しての私の信念です。
その底流にあるのは、”伝える””知ってほしい”
という思いの“深さ”だと思っています。

今日は「フクシマ2011~被曝に晒された人々の記録」(2012)
を上映いたします。
「東日本大震災」そして「東京電力福島第一原子力発電所
事故」から、15年が経ちました。
無名塾九州公演の合間に博多のスタジオで録音に応じて
下さった故 仲代達矢さんの”語り”に感謝です。

本日9月20日14:00から、文京区民センター3C会議室で
上映いたします。
大雨の予報ですが、足元にお気をつけてお越しください。

カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(230)9月19日

 ~厚生労働省からの”回答”を精査する Ⅴ~

今週は9月8日に厚生労働省から届いた「要請書」に
対する”回答”について、精査しました。
今日が5回目、一応精査を終えることにいたします。

2024年12月から厚生労働省の「カネミ油症」の
担当者に送り続けた「要請書」は10回目を持って
”一区切り”になりました。
①厚労省と油症治療研究班が結託して決めた「カネミ
 油症被害者(患者)の認定基準―ダイオキシン類の
 血中濃度50ピコグラムには、”法的な根拠がない”
 ことが明らかになりました。
②過去九州大学の研究班が行っていたへその緒検査
 (臍帯における母から子=胎児に移行する数値)の
 結果により、カネミ油症は子や孫にダイオキシン類
 が移行(血液で40%以上、体脂で50%以上)する
 ことが確認されていた(「福岡医学雑誌」2009年
 発行)にも関わらず、研究(検査)が途絶しました。
 なぜ”途絶”したのかの検証が行われて来ませんでした。
③「カネミ油症は食中毒である」と認識していたと
 明言しましたが、”科学的根拠という曖昧な文言”により、
 勝手に”診断=認定基準を決め、結果として、数十万
 人とも推定される被害者を分断(認定ー非認定)し、
 被害者救済を阻害してきた”罪”は重いのです。

およそ2年間の「要請書」送付と回答のやり取りを踏まえ、
9月28日から「要請書」(第2期)送付を継続いたします。
「カネミ油症」から60年目となる、2028年10月まで続け
たいと考えています。
 
 「カネミ油症被害者救済プロジェクト」は、
 すべてのカネミ油症被害者救済へ向けて、これから
 何ができるのか?を追求するために、
 「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」(10月10日)
 を開催いたします。
 開催する10月10日まで、3週間となりました。
 来週9月26日(土)には、五島市(各島も含む)で
 配布される長崎新聞(約6000部)にチラシを折り込み
 いたします。そして各メディア(新聞・放送・通信)
 に改めて告知の案内を行います。
 9月29日(火)には、10月27日~29日のいずれかに
 参議院議員会館講堂で行う「『母と子の絆~カネミ油症
 の真実』上映会とすべてのカネミ油症被害者救済集会」
 の日程と概要が決まり、告知チラシを用意いたします。
 そして、
 五島国際フォーラムの成果の報告と今後の活動方針に
 ついて、話し合いたいと思います。

 なお9月22日(火・祝)14:00から、文京区民センター
 3D会議室で「母と子の絆~カネミ油症の真実」の
 上映会を行います。ぜひお越しください。ご都合がつか
 ない場合は、お知り合いの方にお声がけください。
 引き続きよろしくお願いいたします。

 カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済プロジェクト(229)9月17日

 ~ 厚生労働省の”回答”を精査する Ⅳ ~

今週月曜日から始まった「厚生労働省の”回答”を精査する」も今日で
4回目となりました。

今日は”回答”の⑤についてです。
詳しく説明します。カネミ油症”認定”被害者の医療費は、まず自己負担
分(3割)は、カネミ倉庫が負担します。カネミ倉庫は、”認定”被害者の
方々に”医療券”を発行し、被害者の方は、指定された医療機関で受診を
受けると、基本的にその医療費は医療機関からカネミ倉庫に請求され、
カネミ倉庫が負担しています。

そこで医療費の残り7割(保険給付費)は誰が負担しているのか?
そこで2年前から長崎県五島市の国民保健課に”情報開示”を求めると、
五島市が肩代わりしており、その総額が20億円を越えていることが判明
しました。当然五島市はカネミ倉庫に支払い請求をしていますが、
カネミ倉庫は支払っていません。

そこで厚生労働省へ聞きました。10回目の「要請書」から、
1)カネミ油症患者の医療給付費(自己負担分を除く残額)は、カネミ
  倉庫が負担する。
2)当該自治体が公的資金(税金)で負担している医療給付費(長崎県
  五島市の場合、総計24億円超)について、国には全く関わりがない
という理解でよろしいでしょうか?

(厚生労働省回答)
 必ずしもそのような趣旨ではなく前回の回答で「カネミ油症患者に係る
 保険給付費は、カネミ倉庫による第三者行為に該当しますが、カネミ
 倉庫の返還があるまでは特例的に国庫負担金の対象としている」と
 お答えしたとおりです。
 
 前回の回答と違い、今回の回答によると、
 「本来はカネミ倉庫に支払い義務(第三者行為)があるのだが、カネミ
 倉庫から返還(支払い)があるまで、国庫負担金の対象」ということは、
 経営状況が芳しくないカネミ倉庫に代わり、国が負担している」と読み
 取れるのですが、どうなのでしょうか?

 もしその通りだとしたら、なぜ五島市は毎年累積する肩代わり分を
 カネミ倉庫へ請求し続けるのか?わかりません。

 五島市は直近の昨年11月19日に請求を行い、カネミ倉庫は本年1月20日に
 五島市へ加藤大明社長名で返信しています。
 要旨は、
 1)原告(カネミ油症被害者)とカネミ倉庫は、損害賠償額の請求に
   ついて、”和解”している。その内容は、原告側は”損害賠償”について、
   カネミ倉庫に対し、強制執行しないことになっている。
   その理由は、強制執行をすれば、カネミ倉庫が倒産することが必至
   となることを恐れ、医療費(自己負担分)の支払いが滞るからである。
 2)カネミ倉庫は、1)に則り、企業努力を行い、カネミ油症認定被害者
   の医療費を負担することを約束する。
   ただし、医療給付費の支払いについては、待っていただきたい、という
   返事であった。

 第11回「要請書」を厚生労働省に送付する時は、
 国(厚生労働省)が、カネミ倉庫に代わり、医療給付費を負担(肩代わり)
 しているのかどうか?
 もし肩代わりしているのなら、五島市の請求分をどう説明できるのか?
 を聞くことにいたします。

 カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(228)9月16日

 ~厚生労働省の”回答”を精査する Ⅲ ~

厚生労働省の担当部局へ提出した「要請書」に対する
”回答”について、精査して参ります。
③「カネミ油症」の重症被害者の”在宅検診”を実施せよ
について、
患者団体との協議を踏まえて対応を検討してまいります
と答えている。

厚労省が言う”患者団体”とは、年2回の「三者協議」で
向き合う、カネミ油症被害者全国連絡会(全国連絡会)
のことを指しているが、”重症被害者”は、非認定被害者
に多いと考えられている。
一方全国連絡会は”認定被害者”の団体であることから、
ここでも”非認定被害者”は検診対象から外されることに
なりかねない。”非認定被害者”は組織化されていないの
である。
私たちは、”重症被害者”から検診の要望が出されたら、
真摯に対応してもらいたいと、切に望みます。

次に④
「カネミ油症被害者」の「へその緒」研究の再開・推進を
 実施せよ
という問いに、厚労省はどのように答えたのか?

「へその緒検査機材」がさい帯のダイオキシン測定に
必要とされる機器類を意味するのであれば、国におい
ては保有しておりませんが、研究班においては保有して
いるとのことです。

がその答えでした。
九州大学に本拠を置く「カネミ油症治療研究班」に機材
があるのかどうか、確定はできませんが、2009年発行の
「福岡医学雑誌」では、九州大学と福岡県保健環境研究所
のメンバーによる「へその緒検査」の報告がされています。
報告をまとめる日程から、前年2008年まで「へその緒検査」
を行っており、約20年経過した今も、機材はある(機材の
更新があったとしても)と考えられます。
また今年度17か所で実施中の「カネミ油症検診」の重要な
検査は「ダイオキシン類の血中濃度」ですから、そこで
活用されているのは明らかであると思います。

映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」(2024年)の中で、
岩村定子さん(五島市奈留、2025年3月逝去)が、
「生後4か月で亡くなった長男のへその緒を、今一度調べて
欲しい」と
福岡県保健環境研究所(2015年当時)の職員と電話で話した
際、職員が
「当時の検査機材は、今は使えなくなった」と告げ、
岩村さんを大変失望させました。

「カネミ油症被害者救済プロジェクト」は、民間の検査会社に
委託し、2回目の「へその緒検査」を実施中(9月末に結果が
判明予定)ですが、本来国(厚生労働省)や油症治療研究班
が行うべき検査であると認識しています。

私たちは今後も、国(厚生労働省)の責任で、「へその緒検査」
を実施し、認定・非認定を問わず、子や孫にカネミ油症の被害
が繋がっている”証し”を明らかにしていただきたいと要請して
参ります。

カネミ油症被害者プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(227)9月15日

 ~厚生労働省からの”回答”を精査する Ⅱ ~

厚生労働省からの”回答”を精査・分析する今週の2日目。
今日もお伝えいたします。

要請書(10回目)の
②では、カネミ油症被害者(カネミ油を食した第一世代)は、
「食品衛生法」(1947年制定)に基づき、国(厚生労働省)
及び全国の自治体の保健所で”行政として対応”すべきと思うが、
いかがですか と問いかけました。 
答えは、
「食品衛生法に基づいて、被害状況の把握等の対応が既に
行われております。」

と実にシンプルでしたが、「既に行われております」とは、
一体いつの話なのか?分かりません。
少なくとも今は、いや数十年行われていないと思います。

私が一年前に、東京都下「多摩府中保健所」に問い合わた
ところ、
「身近にカネミ油症被害者と思われる方がいらっしゃるのなら、
東京都内の場合、東京都庁の方で一括で調べさせていただき
ます」と返事があり、当該保健所がじかに対応しないことが
わかりました。電話口の女性は、名前は名乗りませんでした
が、「私が当保健所の『カネミ油症の担当者です』」と話して
くれました。

ここで問題なのは、昨日(226)で指摘した、診断=認定基準
(血中濃度50ピコグラム)を現実に機能させながら、
「食品衛生法に基づいて被害状況を把握」しているとの認識は、
明らかに”被害者認定”の“ダブルスタンダード”ということになり
ませんか。どちらも”あり”というなら、保健所がカネミ油症
被害者を受け入れた段階で、カネミ油症被害者として、救護及び
救済する責任が国(厚生労働省)に生じていることになると
考えますが、どうなのでしょうか。
厚生労働省は、以前の回答で「カネミ油症は食中毒である」と
認めていますので、この”歪(いびつ)な解釈”をいち早く糺す
べきだと思います。
またこの点を次回の「要請書」(11回目)に盛り込みたいと思い
ます。

そして、カネミ油症から58年経った今からでも遅くないので、
認定・非認定を問わず、「保健所へ行こう!キャンペーン」を
始めたいと思います。
このHPだけでなく、メディアの皆さんのご協力をいただきたい
と思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(226)9月14日

 ~厚生労働省からの”回答”を精査する Ⅰ ~

9月8日夕刻に厚生労働省健康・生活衛生局 食品監視安全課
から”回答”が届きました。
「カネミ油症被害者救済プロジェクト」(前身は「へその緒
プロジェクト」)名で、2024年12月から「要請書」という名称で
カネミ油症被害者に関して、厚生労働省の担当セクション宛に
送ってきています。
今回は節目となる”10回目”の回答になります。

まず、10回目の「要請書」と回答全文をご覧いただきたいと
思います。

昨日(225)で触れましたが、これまで厚労省の回答では、担当者が
数回に渡り、異動しています。ですから回答のニュアンスや、文言
に”変遷”がございます。
今週(9月14日~18日)は5回に渡り、より丁寧に精査し、私たちの
見解、疑問、今後の「要請書」提出に向けての指針などについて、
本欄でお伝えして参りたいと思います。

第1回目の今日は、今回の回答文から、
①「カネミ油症の診断=認定基準」(現行)についてお尋ねします
 を取り上げます。
2000年からカネミ油症の取材を初めて以来、カネミ油症被害者が
認定ー非認定に分けられる、今の制度について、納得がゆきません
でした。なぜこのような”不条理な事実”がまかり通っているのか?
と感じてきました。
本来は、カネミ油症被害の“症状”(厚労省・全国油症研究班も認める
さまざまな身体の症状)があり、最初に「カネミライスオイル」を
食した方々、その子や孫(一部にひ孫)に至る4世代の方々は、
「カネミ油症被害者」として救済されるべきというのが、私たちの
主張の基本です。
まずここに大きな”乖離”があること、現行の”認定制度”は“廃止”して
新たな”制度設計”(法律の制定)が必要と考えています。

以上の考えを基にして、お伝えします。

過去数回の厚労省のやり取りから、認定基準とされる
「ダイオキシン類の血中濃度が50ピコグラム以上」という数値は、
あり得ない数値であり、カネミ油症被害者の”症状”とリンクして
いません。この数値によって、認定者を限定する”姑息な”狙いが
明らかです。

しかも、この認定基準=50ピコグラムについて、
「法的根拠がない」ことを、厚生労働省の担当者は認めています。
本年6月20日「第27回三者協議」後のぶら下がり会見において、
堀岡伸彦 食品健康被害情報管理室長(当時、現在健康課長)は
明確に答えています。このぶら下がり会見は映像撮影が禁止という
とんでもない”名ばかりの会見”ですが、録音はしっかり録れています。

そして今回の回答では、
「全国油症研究班における研究成果等の科学的根拠に基づいて策定
 されているものです」となっていますが、
なぜ50ピコグラムなのか?その”科学的根拠”とは?
を引き続き、厚生労働省、全国油症研究班(九州大学が中心)に
具体的に問うことにして参ります。

また今後私たちの手で、国会の場に持ち込むことで、カネミ油症
被害者の”症状”を基に、非認定の被害者救済の道を開きたいと思い
ます。(つづく)

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝