すべてのカネミ油症被害者救済へ(227)9月15日

 ~厚生労働省からの”回答”を精査する Ⅱ ~

厚生労働省からの”回答”を精査・分析する今週の2日目。
今日もお伝えいたします。

要請書(10回目)の
②では、カネミ油症被害者(カネミ油を食した第一世代)は、
「食品衛生法」(1947年制定)に基づき、国(厚生労働省)
及び全国の自治体の保健所で”行政として対応”すべきと思うが、
いかがですか と問いかけました。 
答えは、
「食品衛生法に基づいて、被害状況の把握等の対応が既に
行われております。」

と実にシンプルでしたが、「既に行われております」とは、
一体いつの話なのか?分かりません。
少なくとも今は、いや数十年行われていないと思います。

私が一年前に、東京都下「多摩府中保健所」に問い合わた
ところ、
「身近にカネミ油症被害者と思われる方がいらっしゃるのなら、
東京都内の場合、東京都庁の方で一括で調べさせていただき
ます」と返事があり、当該保健所がじかに対応しないことが
わかりました。電話口の女性は、名前は名乗りませんでした
が、「私が当保健所の『カネミ油症の担当者です』」と話して
くれました。

ここで問題なのは、昨日(226)で指摘した、診断=認定基準
(血中濃度50ピコグラム)を現実に機能させながら、
「食品衛生法に基づいて被害状況を把握」しているとの認識は、
明らかに”被害者認定”の“ダブルスタンダード”ということになり
ませんか。どちらも”あり”というなら、保健所がカネミ油症
被害者を受け入れた段階で、カネミ油症被害者として、救護及び
救済する責任が国(厚生労働省)に生じていることになると
考えますが、どうなのでしょうか。
厚生労働省は、以前の回答で「カネミ油症は食中毒である」と
認めていますので、この”歪(いびつ)な解釈”をいち早く糺す
べきだと思います。
またこの点を次回の「要請書」(11回目)に盛り込みたいと思い
ます。

そして、カネミ油症から58年経った今からでも遅くないので、
認定・非認定を問わず、「保健所へ行こう!キャンペーン」を
始めたいと思います。
このHPだけでなく、メディアの皆さんのご協力をいただきたい
と思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(226)9月14日

 ~厚生労働省からの”回答”を精査する Ⅰ ~

9月8日夕刻に厚生労働省健康・生活衛生局 食品監視安全課
から”回答”が届きました。
「カネミ油症被害者救済プロジェクト」(前身は「へその緒
プロジェクト」)名で、2024年12月から「要請書」という名称で
カネミ油症被害者に関して、厚生労働省の担当セクション宛に
送ってきています。
今回は節目となる”10回目”の回答になります。

まず、10回目の「要請書」と回答全文をご覧いただきたいと
思います。

昨日(225)で触れましたが、これまで厚労省の回答では、担当者が
数回に渡り、異動しています。ですから回答のニュアンスや、文言
に”変遷”がございます。
今週(9月14日~18日)は5回に渡り、より丁寧に精査し、私たちの
見解、疑問、今後の「要請書」提出に向けての指針などについて、
本欄でお伝えして参りたいと思います。

第1回目の今日は、今回の回答文から、
①「カネミ油症の診断=認定基準」(現行)についてお尋ねします
 を取り上げます。
2000年からカネミ油症の取材を初めて以来、カネミ油症被害者が
認定ー非認定に分けられる、今の制度について、納得がゆきません
でした。なぜこのような”不条理な事実”がまかり通っているのか?
と感じてきました。
本来は、カネミ油症被害の“症状”(厚労省・全国油症研究班も認める
さまざまな身体の症状)があり、最初に「カネミライスオイル」を
食した方々、その子や孫(一部にひ孫)に至る4世代の方々は、
「カネミ油症被害者」として救済されるべきというのが、私たちの
主張の基本です。
まずここに大きな”乖離”があること、現行の”認定制度”は“廃止”して
新たな”制度設計”(法律の制定)が必要と考えています。

以上の考えを基にして、お伝えします。

過去数回の厚労省のやり取りから、認定基準とされる
「ダイオキシン類の血中濃度が50ピコグラム以上」という数値は、
あり得ない数値であり、カネミ油症被害者の”症状”とリンクして
いません。この数値によって、認定者を限定する”姑息な”狙いが
明らかです。

しかも、この認定基準=50ピコグラムについて、
「法的根拠がない」ことを、厚生労働省の担当者は認めています。
本年6月20日「第27回三者協議」後のぶら下がり会見において、
堀岡伸彦 食品健康被害情報管理室長(当時、現在健康課長)は
明確に答えています。このぶら下がり会見は映像撮影が禁止という
とんでもない”名ばかりの会見”ですが、録音はしっかり録れています。

そして今回の回答では、
「全国油症研究班における研究成果等の科学的根拠に基づいて策定
 されているものです」となっていますが、
なぜ50ピコグラムなのか?その”科学的根拠”とは?
を引き続き、厚生労働省、全国油症研究班(九州大学が中心)に
具体的に問うことにして参ります。

また今後私たちの手で、国会の場に持ち込むことで、カネミ油症
被害者の”症状”を基に、非認定の被害者救済の道を開きたいと思い
ます。(つづく)

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者へ(225)9月13日

~ 厚労省への「要請書」の回答を分析する~

9月8日夜に、厚生労働省 健康・生活衛生局から、回答があり
ました。「カネミ油症被害者救済プロジェクト」という任意の
グループ(当初は「へその緒プロジェクト」名)ですが、
2024年12月に初めて「要請書」を送り、回答を求めてから、
約2年が経ちました。

まず近々は回答が遅れ気味でしたが、厚生労働省の担当者の
方(実名は不明)にご対応いただき、ありがたく思います。
おそらく2年間で、4人目の”課長補佐”となっているはずです。

そこで2025年1月~2026年9月までの9回の回答(「要請書」の
9・10回は、まとめてだった)について、丁寧な分析をして
みたいと思います。それが”回答”に対する真摯な姿勢です。

私の”感覚”では、担当者が変わることで、微妙に、あるいは大胆
に回答の中身が変化していると思います。
たかが”メールのやり取り”とはいえ、いや、むしろ”メールのやり
取り”だからこそ、”見直し”が必要と感じています。

◆カネミ油症の認定・非認定に重要な”診断=認定基準”には、
 法的根拠がない、ことは、認めていただいています。
 では、毎年カネミ油症被害者検診を各地で行う中で、認定・
 非認定を峻別する基準と理由は何か?
 現在、「血中ダイオキシン濃度が50ピコグラム」にこだわる
 不合理性(被害者の症状から乖離して)の問題に直面して
 しまいます。

これは一例で、今後、回答の文言を精査した報告を随時行います。
それらの精査作業を終え、新たに「要請書」11回目に取り組む
つもりです。

まず明日9月14日版では、厚生労働省の回答を掲示し、いつも
このHPブログをご覧いただいている皆様にも、考えていただき
たいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(224)9月12日

    ~3万ヒットは”最初のステージ”突破!です~

昨日9月11日朝の投稿(223)をご覧になった方が
  数十名おられたので、当面の目標としていたHPの
 アクセス回数が3万ヒットを越えました。
 (画面右側最下段にアクセス回数が表示されています)
 ご覧いただいている皆様のご支援、ご協力に感謝申しあげ
  ます。さらに4万、5万ヒット突破を目指したいと思います。

 (画面右側最下段にアクセス回数が表示されています)
ご覧いただいている皆様のご支援、ご協力に感謝申しあげ
ます。さらに4万、5万ヒット突破を目指したいと思います。

選挙とかでよく言われるのが”山が動いた”でした。
  日本社会党(当時)の土井委員長の言葉として有名に
なりました。


日頃考えているのは、「すべてのカネミ油症被害者救済へ」
に向けて、”山が動く”とは何だろうか?です。
もちろんただ待っていても無理で、自ら動くことしかあり
ません。

一つの例として挙げると、「チェルノブイリ・ハート」の上映
体験があります。2011年3月11日東日本大震災が起き、間もなく
東京電力福島第一原子力発電所がメルトダウン(炉心溶解)し、
大量の放射性物質が大気中に拡散しました。
かのチェルノブイリ事故(1986年)と匹敵するほどの”大事故”と
なったのです。
私は事故からすぐ福島県南相馬市、飯舘村(一時全村避難)
の取材を始め、翌2012年に
「フクシマ2011~被曝に晒された人々の記録」を上映しました。

そして東京電力の事故が起こった2011年夏、米国のマリアン・
デレオ監督の「チェルノブイリ・ハート」を取り寄せ、日本語
字幕を付けて、上映活動を始めました。
またたくまに国内100館で上映、そして主婦の皆さんが開く
”自主上映会”が200カ所までに広がったのです。
まさしく”風が動いた”のです。
連日上映依頼の電話を受けながら、”事実を伝える意味”を
感じました。

これから、新たなキッカケを作っていきたいと思います。

  カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(223)9月11日

 ~全国の高校生へ向けて 何ができるだろうか~

一昨日午後、長野県岡谷市に向かいました。
初めて訪ねる街です。中学の教科書では、岡谷は「養蚕業」
で栄えた町と習いました。
今回は、岡谷東高校3年生(3クラス、120名)の方々に
「ヒロシマ ナガサキ 二重被爆者 山口彊さんの被爆体験」
をテーマにお話させていただきました。

来月長崎を”修学旅行”で訪ねるための”事前学習”の体裁となって
います。長崎へ生徒を引率する社会科の先生に、USB素材を
画面に出していただくサポートをしていただきました。
映画のダイジェストとパワーポイントで被爆体験を伝え、
今回は「被爆者の4つのカテゴリー」も丁寧に説明しました。

そして最後は、勝手ながら高校生の皆さんに”エール”を送り
ました。私から見ると17歳~18歳の彼らは、ジャスト”孫世代”
です。
「これからの未来、自分が何をしてゆこうかと考え、悩む時期
だと思いますが、思う存分取り組んで欲しい」と伝えました。

私自身、中学・高校時代に出会った教師から、刺激を受けました。
”世界観”を形成するヒントをもらいました。
そして得た”世界観”の軸となるのは、”物事は疑ってかかれ”だったと
思います。

高校生の真剣な表情をまじかに見ることは、とても得難い体験で、
心地よかったものでした。
今後もできる限り講話を続けて行きたいと思いました。

「カネミ油症」でも同じように高校生に伝えてゆく”仕組み”を
どのように構築できるのか、考えてみたいと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(222)9月10日

 ~国が果たすべきことは何か?を問う Ⅱ~

9月8日に厚生労働省健康・生活衛生局(「要請書」第10回目)
の回答と五島市役所から届いた情報開示文書には、”連環”する
部分”があり、合わせて”読み解き”をしているところです。
今少しお待ちいただきたいと思います。(9月12日の予定)

昨日五島市における長崎新聞購読者の方々にお配りする、
「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」のチラシ(告知案内)
を約6000部の印刷に取り掛かったと、当プロジェクト共同代表の
藤原さんから連絡が入りました。
実際に配達されるのは、9月26日(土)の予定です。
五島国際フォーラム開催の2週間前に、開催案内をご覧になって
「参加してみようか」と考えていただくには、いいタイミングと
考えました。

今回五島国際フォーラム開催を10月10日にこだわりがあるのは、
カネミ油症が”奇病”と新聞報道されたのが、1968年(昭和43年)
10月10日だったことに由来しています。

そして今回新作映画「幻のかくめい」において、「サークル村」
(1960年1月号)で作家 石牟礼道子さんが”奇病”として、
水俣病のルポルタージュを発表していることを伝えますが、
”水俣病”も”カネミ油症”も当初は”奇病”という報道から始まって
いることに、大きな”因縁”を感じざるを得ません。
「苦海浄土」(講談社)刊行は、9年後の1969年のことでした。

私が信条とする「ドキュメンタリーは告発」とは、そうした
事実の”連環性”を伝えることなのではないか、と考えています。

まだ構想段階ですが、2027年10月10日は日曜日。
場所は福岡県福岡市博多か北九州市小倉(原因企業、カネミ倉庫
の所在地)で国際フォーラムを行いたいと考えています。
そして「カネミ油症から60年」となる2028年は、どこがいいのか、
と思いを巡らせているところです。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(221)9月9日

  ~国が果たすべきことは何か?を問う~

昨晩厚生労働省健康・生活衛生局の担当者から、2か月
遅れで”回答”が届きました。
詳しく回答内容の”吟味”を行い、明日付けのこの欄でお伝え
したいと思います。

そして来週送付予定の「要請書」(11回目)に反映させたい
と考えています。

また昨日五島市役所に情報開示を求めていた、カネミ油症
被害者(認定者)の医療費負担(被害者本人負担分以外)に
ついても文書が届きました。
五島市及び担当者の”誠実な対応”に心より感謝申し上げます。
こちらも開示内容を近日中に精査の上、
皆さまにお伝えしたいと思います。

8月後半に五島市を訪ね、「カネミ油症 五島国際フォーラム
2026」
の準備と関係者との打合せを行いました。
開催当日のユーチューブ配信及びオンラインでの参加について、
地元スタッフのご協力いただく体制が整いました。
今月末には、五島市における長崎新聞購読者向けに、
本HP冒頭に掲げた”チラシ”を配布し、フォーラム開催の
周知徹底を果たしたいと考えています。

こうした開催準備には、さまざまな”経験値”が必要で、経験の
ベースの上、さらに何が”必要か”を模索しています。
その意味では、昨年まで7回に渡り、毎夏長崎市内で行った
「ナガサキ映画と朗読プロジェクト」(長崎原爆資料館で2日間)
を開催してきた経験が、生かされていると感じています。

諺にもあるように「一朝一夕」で物事が進むことはありません
から。

さて昨晩旧友と雨の新宿で再会し、よもやま話をして帰宅した
ところ、”衝撃的な知らせ!”が届きました。

無名塾が来年2月末で”解散”するというのです。

昨年11月8日に仲代達矢さんが亡くなって以降も、粛々と取材を
続けていて、この秋の「わが町」「等伯」の稽古と舞台公演も
と動き出していたところです。

社会は、世界は日々、刻々と動いています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(220)9月8日

 ~ 「幻のかくめい」Ⅳ ~

昨日の午前中は雨に降りこめられていたので、10月半ばの
福岡・筑豊での「幻のかくめい」上映会について、5か所
を決めることができました。
福岡市、小倉、黒崎、中間、鞍手の公的施設で上映会を
行います。会場押さえ、上映用プロジェクターとDVD
プレーヤーの手配、続いてチラシの配布、メディアの
告知と一連の動きとなります。
今回は地元に協力者がいることが、大きな支えでもあり
ます。

カネミ油症の国会上映会の動きも始まりました。
昨年1月28日の時は、一般の参加者への告知が十分では
なかったので、力を入れたいと思います。

そして9月9日午後に、長野県岡谷市に入り、翌日午前10時
から、岡谷東高等学校2年生3クラス120人に、
「ヒロシマ ナガサキ 二重被爆者山口彊の被爆体験」と
題して、45分の講話を行います。
岡谷市は初めて訪ねる街ですが、諏訪湖の畔にあるらしく、
前日は”夕景”や樹々の揺れ、花、湖岸の波、雲などを撮影
しようと考えています。うまく撮影できたら、今月半ばの
「幻のかくめい」最終編集で生かすことができると考えて
います。雨でも、曇りでも、晴れでもいいので、運を天に
任せて”自然の姿”を切り取りたいと思います。

話を聞いていただく高校生は、今月末に修学旅行で長崎に
行くことになっており、原爆資料館を中心に3時間ほどしか
滞在しないようですが、しっかり”平和への思いと記憶”を
作って来て欲しいと願っています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(219)9月7日

 ~ 「幻のかくめい」 Ⅲ ~

次回作「幻のかくめい」(80分)の仕上げの行程で、
語りと音楽、音響の部分が出来上がり、この後は、映像
の修正を残しているところです。
細部のチェックが必要ですので、数日はかかり切りになり
ます。
一方各地の劇場への連絡と上映会の設定、メディアへの
告知作業(いわゆる配給)がこれから本格化します。
今日9月7日をもって、ポスター・チラシを公開いたします。

これまで通り、チラシ(B5版両面)のおもて面をB2版として、
ポスターといたします。(おもて面・うら面)

高市内閣の次の陣容が、徐々に情報として露出しています。
さまざまな観測記事がありましたが、相変わらずの”自民党人事”
に収まりそうですね。足元がおぼつかない高市総理にとって、
頼るべきベースは麻生・茂木陣営ということでしょうか?

民主党政権の最後と今回の”中道改革連合”の大失態が、同じ野田
議員(総理と党代表)というのが、歴史に刻まれるのでしょうか?
むしろさらに、野党は”もめにもめた”方が、国会の動きが流動的と
なって、思いがけない展開となるのではないかと思います。

そろそろカネミ油症被害者救済へ向けて、議員会館内での上映会
と集会の日程を相談してゆこうと思います。
今のところ、臨時国会開会は、10月初めの見込み。
10月10日「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」(長崎県五島市)
を新たなスタートの”起爆剤”と考えて、
10月19日~、10月26日~のいずれかで実施できたら、と思います。
集会では、提案型のマニフェストをお伝えできるように、大勢の
一般の方々にご参加いただけるよう、告知に注力いたします。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝