すべてのカネミ油症被害者救済へ(182)7月31日

 ~秋に成果を上げる準備を~

連日東京では36度越えの“猛暑日”が続いています。
混乱のうちに「特別国会」が終わり、秋の臨時国会へ
向けた準備を始めています。

昨年の臨時国会は、10月21日~12月17日
一昨年2024年は、総選挙があり、11月28日~12月24日と
変則日程でした。
2023年は、10月20日~12月12日、
2022年は、10月3日~12月10日でした。
ということは、早ければ10月に入ってすぐ始まると
考えられます。
なぜこうした日程にこだわるのかと言うと、「臨時国会」を
前に衆参国会議員が永田町に集まってくる頃を目指して、
「母と子の絆~カネミ油症の真実」の上映会と院内集会を
議員会館内で行おうと計画しているのです。

前回は 昨年1月28日に上映会とパネルディスカッションを
行いましたが、参議院議員の方はそのままでも、衆議院
議員の方々は、この2月の総選挙で国会を去ってしまいました。
ですから、2か月前の今から、各国会議員の皆さんへお伝え
する内容を決め、パンフの製作を始めなくてはならないと
思っています。

ここ数回のブログでお伝えしているように、
”すべてのカネミ油症被害者救済”の”旗”を掲げながら、カネミ
油症の被害者として認められていない、未認定被害者の方々を
第一義的に救済するための方策、例えば”議員立法”案を作成し、
各議員の方々の力を最大限にお借りしたい、いえ、むしろ先頭
に立って活動してもらいたい、と思わずにはいられません。

そして、「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」(10月10日、
長崎県五島市福江)を挟んで、年末までを”1里塚”と考えて行き
たいと思うのです。
こうしたロビー活動のために、ぜひとも皆さんからの支援を
お願いいたします。

ゆうちょ銀行 店番138(イチサンハチ) 口座番号2302351
(カネミ油症被害者救済プロジェクト)イナヅカヒデタカ 宛

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(181)7月30日

 ~カネミ油症事件の発信力はなぜ?~

映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」を上映してから
まもなく2年が経過する。全国公開前に、摂南大学の学生
(薬学部250人)に視聴してもらい、アンケートを収集
したところ、およそ95%の学生が「カネミ油症事件は
知らなかった」「こんな悲惨な事件を知って、これからの
仕事をしっかりしなくては、と思った」と書いてあった。
学生の80%は女子で、卒業後、看護師、薬剤師、ドラック
ストアに勤めるのだと聞かされた。次に群馬大学医学部の
学生にも、見てもらったところ、同様の反応が見られた。

なぜ、こんなに「カネミ油症」は知られていないのか?
比較するのはどうかと思うが、水俣病は全国に知られており、
いまも各地で「水俣展」(写真などを展示)が絶え間なく
開かれているのに。

今回映画「幻のかくめい」に「サークル村」(1960年1月号)
が登場し、「奇病」というルポルタージュが掲載されている
のを見つけた。作者は石牟礼道子さん。「奇病」とは水俣湾の
魚を食べて、精神障害、身体障害の症状を現した人々の記録
であり、後に「苦海浄土」(1969年、講談社刊)にまとめられた。
この1冊のノンフィクション作品が社会に与えた影響は甚大で
あった。また写真家桑原史成氏ら、数多くの写真家が長く撮り
続けた写真が持つインパクトが大きかったのである。
さらに作家や文筆家、メディア記者などが熊本県水俣に駈け
つけ、報道を多角的に繰り返した成果なのだと感じている。

事件から半世紀が経過した今、水俣病報道との格差を嘆いて
いても始まらない。
今できること、これからできることを見つけなくてはいけない。
そこには人々、国民、中高校生と置き換えてもいいのだが、
皆さんに”刺さる”物語(ストーリー)を構成し、適確に伝える
方法を見つけ出すことが、必須と考えている。
もちろん”物語”は、”作り物”ではない、真実、事実の裏づけが
なくてはいけない。今後一人でも多くの”未認定被害者”
(カネミ油症被害者と認められていない)を掘り起こすこと
に”注力”することが、その一歩となるに違いない。

身近にカネミ油症の被害に苦しんでいる方がおられましたら、
ぜひお知らせください。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(180)7月29日

 ~60年代を生きた”人々の熱量”から導き出す~

私は映像製作を生業(なりわい)にしているので、
いま一つの作品の仕上げ作業を行っているところです。
タイトルは「幻のかくめい」。
1960年は、日米安保条約改定の年で、”安保廃棄”を叫ぶ
学生・労働者・市民、十万人以上が国会構内を占拠し、
警官隊と激しく衝突した。私は9歳だったので、新聞や
ニュースを見ることもなく、後に詳しく知ることになった。
東大の女子学生、樺美智子さんが、命を落とした。

一方、高度成長経済の名目のもと、”石炭から石油へ”と
エネルギーの大転換が図られ、全国の炭鉱は閉山に追い
込まれた。戦前・戦後と日本経済と労働力に担ってきた
石炭産業が消滅したのである。
その渦中、北部九州の筑豊に位置する”大正炭鉱”(中間市)
の世代を超えた”抗夫たち”の闘いを6年に渡り取材し、
ようやくこの秋に完成することになった。インタビューに
応じてくれた二人の”闘士”は90歳を迎え、相次いで亡く
なってしまい、残念でたまらない。

しかし”60年代を生きた人々の熱量から導き出されることが
あると、強く実感している。

カネミ油症事件が起きたのは、1968年だから、今も北九州、
筑豊の各地に「カネミ油症被害者」が埋もれている。
そして原因企業の「カネミ倉庫」前にテントを張って、
謝罪と補償を求めた人々は、同世代で同時代を生きた人々
なのだと感じている。

私にとっては、偶然のなせる業なのかもしれないけれど、
大正闘争とカネミ油症被害者救済とは、通底しているのだと
思うので、この秋から年末にかけて、映画上映と共に
国会への活動と「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」
を成功させることに邁進しようと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症の被害者救済へ(179)7月28日

 ~”未認定”と呼ばれる被害者救済へ舵を切る~

今日午後遅く、高市総理の記者会見を見ることになった。
あらかじめ用意された文言や”想定問答”の資料が手元におく
中で、”この人にこの国を任せてはいけない”と心から思った。

国民の大多数は今、自らの生活の安定と将来への不安除去を
願っているに違いない。しかし158日間の特別国会でやって
きたことは、およそ真逆だったのだ。
「皇室典範改正」「国旗掲揚法」「副首都法」などなど、望んでも
いない「悪法成立」に時間と不毛な議論(かみ合わない)を
重ねてきている、まさに”無駄な時間”を過ごしたのである。

「(これまでの政権運営に)反省はない」と言い切るのは、それは
それで見識だが、この国のこれからに”ヴィジョン”を提示できない
総理はいらない、と思わざるを得ない。つまり、この人のもとで、
この国はどこへ向かおうとするのか?
未来も夢も希望も、何もないのである。

さて厚生労働省の担当者に送った「要請書」の9回目、10回目に
対する回答が届かないことに、猛烈な怒りを覚えている。
先日省内を異動した堀岡氏に、”督促メール”を送ったところだが、
「異動しますが、私が責任を持ってすぐに回答します」という
メールから、すでに10日が経過している。

そして皆さんにお伝えしたい。
当プロジェクトのこれから、の”ヴィジョン”を。
このHPのブログを、
「すべてのカネミ油症被害者救済へ」とさせていただいている。

本来国と九州大学が決めた(法的根拠がない)診断基準を基に、
今年も始まった各地の健診結果を経て、年間2~5人程度の
”認定被害者”が来年春に決まるという流れがある。
この”身勝手”で、法的根拠のない”認定基準”は廃棄させたいと
考えている。そして約60年に渡り、認定ー未認定と、被害者を
分断してきた現状を打破したいと思います。

そこで当プロジェクトは、今後”未認定被害者救済”を第一義に
取り組むことを目的に活動を続けたいと考えています。
1968年当時、”カネミライスオイル”(ダイオキシン類混入)を
食べた人、その家族、お子さんやひ孫さんら、推定10万人を
越える”未認定被害者”の方々の救済に取り組みたいと思います。

今後ともご支援、ご協力をお願いいたします。

カネミ油症救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(178)7月27日

  ~〝エクフラシス”から学ぶ~

昨日は文京区民センター2A会議室で「二重被爆
国際フォーラム2026」を開催しました。
今回は1回目で、2人の講師を迎え、
1人目は東京大学博士課程の森吉蓉子さんで、
「テクノロジーで伝える、被爆と戦争」をテーマに、いま
最も注目されている情報技術による「広島・長崎 語り手
のアーカイブ」など、いくつかのプロジェクトの説明を
いただいた。広島と長崎の被爆者の情報を、被爆した位置
を立体的な地図に表すだけで、”発見と継承”に繋がる予感が
広がった。
2人目はバージニア大学メディア研究学科講師のチャド・
ディールさん。2006年に二重被爆者山口彊(つとむ)さん
を挟んで交流が始まった。最初に会ったコロンビア大学では
「二重被爆」の上映会や大学図書館でリチャード・トランブル
記者(ニューヨークタイムス)の著作日本で翻訳し、発行する
橋渡しをしていただいた。
彼が言うのは、「エクフラシス」(文学・音楽・教育である作品
を、別のメディアで詳細に表現すること)についての研究成果
である。いわゆる”インスパイヤ―”を受けて、さまざまな表現形態
が”横断的”に広がることと理解しました。

今回は、被爆直後に撮影した山端庸介氏の写真から、丸木位里・
俊夫妻の「原爆の図」から、故山口彊さんの短歌、
「くろぐろと 数限りなき 仏たち 真夜立ちあがる 原爆図
より」に繋がってゆく「エクフラシス」についての見事な考察
であった。
私たち映像製作の場においても、生かされていることに違いない。

ユーチューブ 二重被爆 国際フォーラム2026
でご覧いただけるので、ぜひ。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(177)7月25日

 ~”総括ができない”国・ニッポン~

昨日7月24日、特別国会が閉幕した。

自民・維新政権の国会再延長の”恫喝”を受けて、参議院
野党はあっけなく”妥協”してしまった。
そして本会議で「副首都法案」なる”まがい物”は、
無所属4名の内、3名が賛成に回り、
123対121で可決されたのである。

最終的にこのような”出来レース”を見せられて、うんざりと
言うしかない。そして今後も変わりなく国会は進むのだろう。
ずっとそういう歴史を綴ってきたし、決して”総括ができない”
国・ニッポンはどこまでも漂流してゆくのだろう。

そんな昨日、中東からのニュースで、日本赤軍岡本公三氏
(78歳)の死去が伝えられた。かつてイスラエルで服役した
時に厳しい”拷問”を受けたことで、体力が消耗したらしい。
最近の映像を見ても、その衰えぶりがうかがわれる。

いまから57年前、1969年9月5日、東京・日比谷公園野外音楽
堂には、1万人ほどの学生と労働者が集まり、
「全国全共闘結成集会」が開かれた。
各党派の代表者の演説の中、客席右手に、忽然と現れたのが
「日本赤軍」を名乗る一群だった。
噂に聞いていたのだが、”とうとう現れたのか”とその時、
客席後方にいた私は強く感じたのを覚えている。

その後、「あさま山荘事件」「リンチ殺人事件」など、国民の支持を
失うような”負の連鎖”が続いたまま、”新左翼運動”は衰退してゆく。

しかし”あの闘いは何だったのか?!”について、きちっとした”総括”
が行われないまま、あの時代を生きた同世代と年上世代は、自らの
胸に刻んだままだ。ここでいう”総括”とは、自分の所業を反省する
ことではなく、その時代に痕跡を残した自分を新たに捉えなおす
ことなのだと私は思う。
もちろん”できなかったこと”に対して、後悔があるのは事実なのだが、
だからこそ、一例として「カネミ油症被害者救済」においても、
後悔をしてはいけないのだと痛切に感じる。

岡本公三さんの死去の報に接し、思い出すことが多かった。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(176)7月24日

 ~“ゆるみ”を糺さなければいけない~

いよいよ今日7月24日は特別国会最終日となった。
昨晩のニュースで、参議院特別委員会の様子を見ると、
いかにも”副首都法案”なるものがインチキなのか露呈して
いた。一部には”生煮え”という表現もあったが、何も
精査されずに、やみくもに国会の場に出されたもので、
見るからにいかがわしい代物だとわかる。

こんな”まがいもの法案”を参議院で通してはいけない。

6月19日・20日と福岡で行われた「油症対策委員会」と
「三者協議」。ぶら下がり会見で、「へその緒検査」機器の
ありかについて、直接私宛にメールすると約束した厚生
労働省の担当官から、
「今月(7月)に健康課長に異動となりました」と連絡が
来た。しかしこの1か月前の約束と「要請書」(10回目)
の回答が届いていない。回答期限は1週間前の7月17日。
「異動になっても、必ず返事をします」と言うのだが、
口先だけなのかもしれない。ざっくばらんな語り口は
嫌いではない人物だったし、厚生労働省医系技官から
国会議員に転身した先輩も「あいつは優秀だ」と
言うのだが。
猶予期間は今月末と考え、新たに「要請書」(11回目)
の作成に着手しなければいけない。
「要請書」を9回目・10回目と”スルー”するようなら、
厳しく”ゆるみ”を糺さないといけない。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(175)7月23日

  ~人として、いかがなものか~

特別国会が昨日から始まったが、どういう結末を迎えるのか、
7月24日(金)にドタバタが起こる見通しである。
秋の臨時国会は、通常10月中旬から2か月間ほどの見込み
なので、9月末には何としても、議員会館内で「母と子の
絆~カネミ油症の真実」上映会と院内集会を開催したいと
考えています。
昨年1月末に行った上映会とパネルディスカッション(参議院
議員会館会議室)に集まって下さった議員の大半は、今年
初めの総選挙で落選してしまいました。新たな議員組織を
形成し、来たる「臨時国会」「通常国会」(2007年1月~6月)に
備えることが重要と考えているところです。

「皇室典範改正」に伴い、高市首相は宮内庁長官を呼びつけ、
「天皇家に改正の内容を説明するように」と命じたらしい。
このニュースを聞いて、高市は”何様”なのだろうと思った。
昭和天皇は別にして、2代に渡る天皇陛下と妃殿下は、先の
戦争において、日本軍の卑劣な行動により重篤な被害を与えた
国々を丹念に回り、謝罪と慰霊の旅を重ねてきたのである。
また国内の災害地をめぐり、被災者と向き合い、冷たい
避難所の床にひざをつきながら、お話をされてきた様子を
東北で、能登で、その他の地域で見てきている。
その行為こそ、自分たちに課せられた”使命”と感じているの
だと思う。
その天皇家に対する”リスペクト”の気持ちのない高市総理
だが、本来なら率先して皇居に向かい、1947年(昭和22年)
以来、「皇室典範」が大きな改正をした理由を説明するのが
筋なのではないだろうか。
”人として、いかがなものか”
おそらく多くの国民は許さないと思います。

当プロジェクトは、決して多くのメンバーが活動しているわけ
ではありませんが、スピード感と瞬発力・突破力を兼ね
備えていると自負しています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(174)7月22日

 ~報告と連絡と~

昨日の東京・調布は36度。昼間に出かけると、頭がくらくら
する。毎日のように国会前に抗議行動に出かける皆さんの
健康が気にかかります。
そして「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」の告知が始まり、
東京・福岡・長崎の各メディア(新聞と放送)の記者の皆さんに
伝えました。計50か所です。厚生労働省、農林水産省、九州大学に
も欠かせません。いずれも五島国際フォーラムの”後援依頼”を断って
きたのですが、間もなく返信がありました。
おそらく、問合せや連絡には“応える”のが習わしなのでしょう。

カネミ油症の未認定の被害者の方々の”聞き取り”取材をどのように
進められるのか?これからの大きな課題です。ポイントは、救済まで
の”道筋”を明確にすること、つまり何よりも”成功例””成功への見通し”
が大事だと思います。

一昨日上映会に来てくださった研究者(東大の博士課程の韓国の方)の
論文を読みました。カネミ油症の裁判、闘争の流れを丁寧に読み込んで
いて、他の公害事件闘争と比べて、”専門家の不在”に問題があった、と
指摘していました。それも一理ありますが、
あえて言えば”オーガナイザー”(戦略・戦術を立て、組織化する)不在
に起因すると思いました。

さてこれからどう進めるか?
「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」は、一つの大きな契機に
しなくてなりません。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(173)7月21日

 ~これから、動き出す兆しが・・・~

昨日は文京区民センターで「母と子の絆~カネミ油症の
真実」上映会が行われました。文京では9回目となります。
上映会後、およそ1時間に渡って、アフタートークができ
ました。
5月の上映会でご覧になり、7月5日に羽村上映会を主催
された方、数年前にカネミ油症の論文を母国韓国で発表した
東大大学院人文社会系課程で学ぶ方、社会・法律系出版社の
編集者の方などが感想と意見を述べ、充実した時間でした。
今後のカネミ油症被害者救済へ向け、”新たな仲間”が加わった
ように感じました。今後が楽しみです。

週末の世論調査の結果、高市政権の支持率が10ポイントほど
減少しました。私にとっては、”ようやく”か?!と思います。
昨年10月以降、”中身が判然としない期待感”に惑わされてきた
方々が、気づかれたのでがないかと思います。
「国旗掲揚法」「皇室典範改正」、何より日常生活の“疲弊”に
我慢ならなくなったと言えるのではないでしょうか?
もう、支持率が戻ることはないと、信じたいです。

今週末で特別国会が終わり、カネミ油症被害者救済へ向け、
新たな稼働エンジンを滾らせなくてはなりません。
今日は「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」のパンフ
レットをご紹介いたします。

パンフの表はポスター(B2)ともなりますが、この五島国際
フォーラムにご賛同いただいた130名(今後も増えるはず)の
方々のお名前を掲載させていただきました。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝