~60年代を生きた”人々の熱量”から導き出す~
私は映像製作を生業(なりわい)にしているので、
いま一つの作品の仕上げ作業を行っているところです。
タイトルは「幻のかくめい」。
1960年は、日米安保条約改定の年で、”安保廃棄”を叫ぶ
学生・労働者・市民、十万人以上が国会構内を占拠し、
警官隊と激しく衝突した。私は9歳だったので、新聞や
ニュースを見ることもなく、後に詳しく知ることになった。
東大の女子学生、樺美智子さんが、命を落とした。
一方、高度成長経済の名目のもと、”石炭から石油へ”と
エネルギーの大転換が図られ、全国の炭鉱は閉山に追い
込まれた。戦前・戦後と日本経済と労働力に担ってきた
石炭産業が消滅したのである。
その渦中、北部九州の筑豊に位置する”大正炭鉱”(中間市)
の世代を超えた”抗夫たち”の闘いを6年に渡り取材し、
ようやくこの秋に完成することになった。インタビューに
応じてくれた二人の”闘士”は90歳を迎え、相次いで亡く
なってしまい、残念でたまらない。
しかし”60年代を生きた人々の熱量から導き出されることが
あると、強く実感している。
カネミ油症事件が起きたのは、1968年だから、今も北九州、
筑豊の各地に「カネミ油症被害者」が埋もれている。
そして原因企業の「カネミ倉庫」前にテントを張って、
謝罪と補償を求めた人々は、同世代で同時代を生きた人々
なのだと感じている。
私にとっては、偶然のなせる業なのかもしれないけれど、
大正闘争とカネミ油症被害者救済とは、通底しているのだと
思うので、この秋から年末にかけて、映画上映と共に
国会への活動と「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」
を成功させることに邁進しようと思います。
カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝