すべてのカネミ油症被害者救済へ(218)9月6日

 ~「幻のかくめい」 Ⅱ~

今日から明日にかけて、東京にかなりの雨が降る見込みとの
予報が流れています。家に籠っての”作業日”になります。

昨晩次回作「幻のかくめい」の音声が出来上がり、残すのは
今月15日・16日に行う”最終編集”のみとなりました。
”完パケ”と呼ぶ状態になれば、劇場公開用DCP作成、上映会
用のBD(ブルーレイ)・DVD作成となります。
一方全国各地の劇場へ上映依頼や自主上映会の案内など、
映画製作は、ここからが”勝負”です。

いよいよ10月初めの”臨時国会召集”が現実化してきているので、
「消費税減税」「2027年度予算審議」などが立て続けの中で、
「カネミ油症被害者救済」へ向けた国会活動の準備を急がなく
てはなりません。
まず昨年1月に続いて、遅くも10月中開催の「母と子の絆~
カネミ油症の真実」上映会+集会を参議院議員会館で決め
ようと思います。

これまで皆さんにご覧いただいた、このHPのヒット数も
おそらく今日で29900を越えそうです。
近日中には3万を越えたいと思います。
今後とも皆様にご覧いただけるように、フレッシュで、
力強い”投稿”をして参ります。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(217)9月5日

 ~「幻のかくめい」について~

私の手元に、表に「サークル村」と書かれたノートがあり、
B5版、30ページ、「Complete」と打ち込まれて、計6冊が
ガムテープでとじ込まれています。
表には、2017.12.25と書かれており、最初1冊目を書き始め
たのは、およそ9年間です。
2017年秋には「憲法を武器として 恵庭事件・知られざる
50年目の真実」
の全国上映が始まったころです。

「サークル村」とは、1958年9月から九州北部・中間市で発行
された「サークル誌」で、九州7県と山口県にまたがる各地の
サークルに呼びかけ、”全九州サークル交流のための会員誌”と
して毎月刊行されました。
中心人物は、詩人 谷川雁 作家上野英信 作家森崎和江の
3人が、中間市本町の借家に隣どうしで住み、”九州サークル
研究会”が発行元になっていました。
当時中間市は、炭質に恵まれた大正炭鉱が町の経済の中心を
担っていて、およそ2000人の抗夫を抱えていたのです。

カネミ油症事件に取り組んだ「母と子の絆~カネミ油症の
真実」の取材開始が2000年秋でしたから、その3年前から
まず、調査を始め、さまざまな本を読み始めるところから
一歩、一歩でした。
今回「幻のかくめい 筑豊からのメッセージ」というタイトル
で、84分ほどのドキュメンタリー作品に仕上がろうとして
います。今日から数回に渡り、一本の映画ができるまでの
物語を皆さんに知っていただければと思います。

なぜ今、この映画を完成させるのか?
ご覧いただく方々に何を伝え、届けたいのか?
何かの”ヒント”になって下さると嬉しいです。

9月13日の沖縄県知事選がどうなるのか?注目です。
そして秋の臨時国会開催は、10月初旬の見込みとの報道に
集約されてきました。
「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」(10月10日長崎県
五島市)開催を軸に、カネミ油症被害者救済に向けて、
どんな展開ができるのか?喫緊の問題になってきました。

カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(216)9月4日

 ~”情報公開(情報開示)”について~

日本における”情報公開”制度が遅れていることは、
これまでも指摘されています。
この国には”隠蔽と改ざん”の風土が色濃くあるからです。
安倍政権の”森友学園”問題が顕著でしたが、
ドキュメンタリー映画を通して、”伝える”上で、しばしば
”その壁”に直面するのです。

当プロジェクト共同代表の藤原さんは、ダイオキシン
問題はじめ、これまで国、自治体、民間会社などに膨大な
”情報開示”を求めてきた、言わば”プロフェッショナル”で、
直近では「カネミ倉庫が負担すべき医療費」を”肩代わり”
せざるを得ない自治体からの資料を待っています。
しかしながら、すべての自治体が”情報開示”に応じている
訳ではありません。ここが重要です。

前回の衆議院北海道8区で残念ながら落選し、
国会への復帰活動中の逢坂誠二さんと、函館での上映会で
お話する機会があった時、
「私が議員として第一に考えているのは、この国の
”情報公開”のルールをしっかり作り上げないといけない」
と聞きました。もっと多くの国会議員が”情報公開”に着目
しなければなりません。憲法、経済などと共に、重要な
案件だと思います。

昭和20年8月、いよいよ敗戦が決定的となった時期に、
全国各地の公的機関、民間を問わず、戦争遂行に関わる
紙資料を次々と焼却し、”なかったものとした”と
中学校の日本史の時間で学んだ記憶があります。
その“悪しき歴史”は今も続いているのだと思います。

開示された情報を報道(新聞・放送・インターネット等)
の場で示し、より国民の議論活性化の道を進めたいと
思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(215)9月3日

 ~やってみなければわからない~

今年度にカネミ油症検診を行うのは12府県。
北から、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府、島根県、
広島県、山口県、愛媛県、高知県、福岡県、長崎県、
鹿児島県で、およそ25日~30日。

当プロジェクトからの提言は、
①検診規模の拡大(東京都はじめ、空白県を減らす)
②検診の利便性を高める
 重症被害者への訪問検診の実施
 (厚労省への「要請書」10回目に記載)
③検診告知方法の飛躍的な展開
 厚労省のHPのみならず、各自治体での広報、新聞・
 放送・インターネットでの告知を拡大する
④「カネミ油症被害」を伝える人(仮題)活動実施
⑤全国の大学~小学校向けの、リーフレット及び映像データ
 (10分前後)配布
です。
とにかく一つ一つ実施する作戦を進めたいと思います。

今「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」に向け、
情報・提案を集め、できることから始めます。

「やってみなければわかりません」ので。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(214)9月2日

 ~今日は”民意”について考えます~

今年2月の衆議院選挙の結果を”民意”の反映と素直に認められない
ところがあるのではないかと、ずっと”もやもや”しています。
日本国民で選挙権を持つ人の半分程度しか投票に行かない状況で、
最終的にはさらにその半分程度の票の数によって割り振られた
結果が”今”となっている点です。

私は今こそ、そこに”焦点”を当てて考えてみませんか?と。
①2月の選挙が”本当の民意”なのかどうか
②今の選挙制度を無条件に認めていいのか?
そこで”何となく流されている人たち”に伝えたい、訴えたいと
思うのです。

”あなたの選択が、確実にあなたに返ってくる”ことをもっと、もっと
知ってほしいと思います。

毎月数回上映会を文京区民センターで行う中で、必ず上映後に来場者
の方々とお話しています。
”アフタートーク”と言い、最初の15分は、観ていただいた映画を製作
した背景やエピソード、製作過程で知ったこと、感じたことについて。
次はご覧になった皆さんの感想や質問、
そして”フリートーク”。

9月30日「市街戦のジャズメン」時には、
「私は最近、国会前の集会に出かけると、娘から『お母さん、恥ずか
しいから、やめて』と言われる。『じゃ、あなたが“推し”のライブ』に
行くのと何が違うの』と返すと、あとはお互いを分かり合えないまま
になるのだが、諦めずにコミュニケーションは取ろうとしています。
私は1965年生まれなので、今日見た”羽田闘争”(1967年10月8日)の
時は2歳だから、何もわからないけど、その場に行ってみようという
気持ちはわかる。そして子育てが一段落したから、私の勝手というか、
自由にしてもいいよね、と思うんです」と。
2か月前の「憲法を武器として」上映会の後では、私と同じ70代の
女性が二人来られて、「月に2回は国会前に行く」と話しています。

私も「今日はどんな人が来てくれるのか?」楽しみです。
9月は19日から23日まで”5日間連続”で上映会を行います。
9月19日(土)「憲法を武器として~恵庭事件 知られざる50年目の真実
9月20日(日)「フクシマ2011~被曝に晒された人々の記録」
9月21日(月・祝)「市街戦のジャズメン~作家佐藤泰志の衝撃」
9月22日(火・祝)「母と子の絆~カネミ油症の真実」
以上は14時から、文京区民センター3C会議室
そして
9月23日(水・祝)「幻のかくめい~筑豊からのメッセージ」
これは最新作の試写・上映会なのと、会場が20名迄なので、予約をして
下さい。文京区民センター3D会議室です。
問合せは、090-3433-6644までお願いします。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(213)9月1日

 ~「カネミ油症被害」の”継承”のカタチ Ⅱ~

厚生労働省健康・生活局からの回答の件。
一応10日間の”回答猶予”を今日伝えます。
これ以上は待てません。

そして9月11日には「要請書」(11回目)を担当者
(名前不明)に送ります。
7月以降のやり取りも含め、旧知のメディア記者と
国会議員の方にも送ろうと思います。

被爆者の対応は、同じ厚生労働省管轄ですので、
被爆体験継承と同レベルで、カネミ油症被害体験の
継承に取り組んでもらうよう、要請します。
すぐ実現しないと思いますので、当プロジェクトと
して、「カネミ油症 を伝える」(仮称)方を募集
しようと思います。
◆年齢その他不問。
◆カネミ油症被害者救済の一環として協力できる方
であれば、誰でも結構です。

「カネミ油症 五島国際フォーラム」(10月10日)
では、具体的な要項(マニュアル)発表と告知して
行きたいと思います。
このHPを舞台に展開したいと思います。

当面は「母と子の絆~カネミ油症の真実」上映会と
連動したいと思いますが、全国の各学校、教育施設、
NPO法人など、さまざまな方々の希望をいただいて、
伝えてくれる方を派遣してゆこうと思います。

映画のパンフレットも活用したいと思いますし、新たに
資料を作成しようと考えています。

皆さん、参加してみたい方は、ぜひこちらにお問い合わせ
下さい。ご返事させていただきます。

カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝
inazuka.takionjapan@gmail.com

すべてのカネミ油症被害者救済へ(212)8月31日

  ~「カネミ油症被害」の”継承”のカタチ~

一昨年9月、大阪・摂南大学薬学部の1年生の方々に、
出来立てほやほやの「母と子の絆~カネミ油症の真実」を
ご覧いただきました。
およそ200人のうち、女性が80%以上。
卒業後は薬剤師、看護師、ドラックストアなどで勤務する
予定と聞きました。
持参したアンケート用紙に書き込んでいただくと、
カネミ油症を知らなかった学生は95%を越えました。

カネミ油症(1968年)から、56年(上映時)が経過しており、
報道もされず、教科書にもほとんど載っていない現状から、
”さもありなん”と感じました。

ですから”伝えてゆく”ことが大事と考え、この欄でも”語り部”を
具体化したいとお伝えしました。

私は長崎平和推進協会の”交流証言者”に登録し、二重被爆した
山口彊(つとむ)さん(1916~2010)の被爆体験と取材者の
思いを年間2~3の中学・高校を訪ねて、お話しています。

今後こうした提案と活動を行っていきたいと思います。
ではどこから始めるか?
やはり、原因企業「カネミ倉庫」があり、被害者も数多い
福岡県北九州市小倉からではないかと考えています。

摂南大学の18歳の女性の答えには、
「カネミ油症の被害を知ることができたので、今後私が働くことに
なったら、出会う皆さんに伝えていきたいと思います」と
ありました。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(211)8月30日

 ~あえて問う”名を名乗れ”と~

昔のチャンバラ映画のワンシーンの話ですが、いわく
因縁のある武士同士が対決するシーンでは、お互いの
名を名乗って、それぞれの”流派”を明らかにしたうえで
闘うのが習わしだったと覚えています。

一昨日厚生労働省健康・生活課の”どなたか?”からメールが
ありましたが、メールを送って下さった方のお名前が
書かれておりませんでした。
そもそも2024年12月から始まった「要請書」と回答の
やり取りにおいて、9回目、10回目の回答がない事により、
「今月末までに回答いただきたい」と催促したのですが、
「今しばらくお待ちいただきたい」という内容なの
です。
そこで私はその”名無しの権兵衛さん”(古い言い回し)
に対して、
「回答期限(6月末)から2か月も遅れているのだから、
せめて”いつまでに回答します”というのが、筋ではない
だろうかと返信したところです。

最近一部の省庁や自治体では、こうして名前を明らかに
しないケースが”常態化”していると聞いています。
何か”やましい”ことがあるのか?
メールのやり取りが何かの”証拠”になると考えているのか?
納得がいかないと思いました。

まさしく細かい”ディテール”ではありますが、大事に
したいと考えています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(210)8月29日

 ~北九州はカネミ油症の”原点”である Ⅱ~

北九州市小倉は、カネミ油症の原因企業である「カネミ
倉庫」があり、カネミ油症の”原点の街”と言っていい。
昨日も”旦過”(北九州モノレール)そばにある検診会場
から、平和通り、小倉駅と歩いた。駅のそばには、
昭和の匂いをプンプンとさせた街並みが魅力的である。

次回のカネミ油症検診は9月9日。
私は行けないが、早急に「北九州被害者の会」を立ち上げたい
と考えています。目指すのは「すべてのカネミ油症被害者」
の集まる会であること。それが出来上がれば、被害者救済へ
向けて、新たな”起爆剤”となることは間違いない。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(209)8月28日

  ~北九州は”カネミ油症”の原点である~

昨日は「カネミ油症福岡県検診」が北九州市内で行われた。
前日の長崎県の対応と異なり、会場内へは入ることができない。
朝9時に会場前ロビーに行くと、2人の受診者のみ。
いずれも70~80代の女性。話しかけてみます。
58年前に「カネミライスオイル」を口にしており、認定被害者
でした。受付開始の9時30分には、30人以上が集まり、
用意された椅子に座りきれず、並ぶ方も・・。
長崎では、係の女性2名が、受付前から受診者に声掛けをして、
丁寧なフォーローをしていたが、北九州市ではそれがない。
それぞれの自治体の”流儀”なのだろうか?

なぜ35度を越えるこの時期に検診日が設定されるのか?
大きな疑問が会場から聞かれた。
何より、ご高齢で、歩行もままならない方がいるのに、検診時期
は酷暑の7月・8月から5月にならないのだろうか?
毎年検診の実施予算は計上されているのだから、行政の判断で変更
できそうなものである。

次回厚生労働省への「要請書」(第11回)に記載しようと思う。

およそ2時間の検診を終えて、ホッとした表情の方々に声をかける。
その中に15歳ほどの少年がいた。
「僕の身体は50歳」と叫ぶ少年は、検査の中で医師にそう言われた
ようだ。当然被害者として認められていない”非認定被害者”です。
お母さんは40代後半でしょうか?
「今度じっくりお話を聞かせて下さいね。今日はお疲れ様でした」
と。

そして午前の部の最後、86歳の女性は、2023年に亡くなった
矢野忠義さんと小倉で「カネミ倉庫」に抗議行動をされた経験を
持っていました。
矢野さんが亡くなったことを伝えると、目を見開き、
「私も体調が悪く、しばらく検診にも来られなかった・・」と。
検診の”現場”にはさまざまな被害者が来ています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝