~「カネミ油症被害」の”継承”のカタチ~
一昨年9月、大阪・摂南大学薬学部の1年生の方々に、
出来立てほやほやの「母と子の絆~カネミ油症の真実」を
ご覧いただきました。
およそ200人のうち、女性が80%以上。
卒業後は薬剤師、看護師、ドラックストアなどで勤務する
予定と聞きました。
持参したアンケート用紙に書き込んでいただくと、
カネミ油症を知らなかった学生は95%を越えました。
カネミ油症(1968年)から、56年(上映時)が経過しており、
報道もされず、教科書にもほとんど載っていない現状から、
”さもありなん”と感じました。
ですから”伝えてゆく”ことが大事と考え、この欄でも”語り部”を
具体化したいとお伝えしました。
私は長崎平和推進協会の”交流証言者”に登録し、二重被爆した
山口彊(つとむ)さん(1916~2010)の被爆体験と取材者の
思いを年間2~3の中学・高校を訪ねて、お話しています。
今後こうした提案と活動を行っていきたいと思います。
ではどこから始めるか?
やはり、原因企業「カネミ倉庫」があり、被害者も数多い
福岡県北九州市小倉からではないかと考えています。
摂南大学の18歳の女性の答えには、
「カネミ油症の被害を知ることができたので、今後私が働くことに
なったら、出会う皆さんに伝えていきたいと思います」と
ありました。
カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝