すべてのカネミ油症被害者救済へ(208)8月27日

  ~長崎は暑かった~

昨日は「カネミ油症 長崎県検診」が長崎駅に接する
「出島メッセ」の会議室を3室押さえて行われました。
朝9時に長崎県の担当者と挨拶。医師、看護師に長崎大学
の院生の応援もあり、スタッフは30名を越えていました。
9時30分から受診者が集まり、検診が開始しました。
私はロビーで、あらかじめ用意したアンケートと連絡を
お願いする用紙と五島フォーラムのチラシを渡します。

話してみると、五島出身の方がいかに多いのか?
奈留、福江、玉之浦などで、前日に玉之浦に行っていたので、
湾に面して、玉之浦教会、郵便局、かつてスーパーがあった
場所、漁協組合、小中学校の今を話題にして、お話が弾み
ました。
今回の目的は、非認定(カネミ油症と認められない)の方との
接点づくりです。いきなりカメラを向けることはしません。
じっくりと、カネミ油を食べた経緯、家族や兄弟の様子を
聞きます。

当時(58年前)に小学生(10歳前後)の方が多いのですが、
30代から50代前半にかかる、お子さん世代もちらほら見受け
られますので、声をかけてみました。ご主人か兄弟と母親の
3人でいらっしゃいました。
母親は認定被害者、男女は非認定ですが、ご自分の症状や
検診を受けに来られた経緯について、語ることはなく、
頑なな印象を受けました。おそらく、大変な決意をして受診
に来られたのだと思いました。

昨晩の内に、長崎から福岡県北九州に移動しました。
今日は一切、会場内の撮影と取材も難しいと聞かされている
ので、酷暑の屋外でお話しできればと思いますが、そもそも
体調の良くない方も多いので、配慮させていただこうと思い
ます。
数十万と推察される”非認定被害者”の取材をどのように進めて
行くべきなのか?
私も試されていると感じています。

カネミ油症被害救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(207)8月26日

  ~五島が”原点”である Ⅲ~

2泊3日で五島を巡りました。
奈留から福江、玉之浦へ。
昨日は福江市内から40㌔離れた玉之浦へ向かいました。
かつて「カネミライスオイル」を積み込んだ船が玉之浦
の港に(PCBが混入した油)を運んだと聞いています。

「カネミ油症 五島市の会」の幹部のお二人と話します。
まもなく開始する「臨時国会」へ向けて、何をすべきか
お考えをお聞きし、当プロジェクトの活動方針をお伝え
しました。
交流を重ね、お話を進め、具体的な活動ぶりを知っていた
だくことで、少しずつコミュニケーションが深まります。
合間に、名物「五島うどん」いただきました。

今回の会話を通じて、強く”背中を押された”と感じました。

昨日夕方に福江港から長崎港へ移動し、今日午前には
カネミ油症長崎県検診(出島メッセ)に向かいます。
そして明日は福岡県検診(北九州市で開催)と続きます。

今回の打合せは、「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」
に向けた準備行動でしたが、ほぼ無事に完了しました。

帰京後は「臨時国会」に向けた準備を進めます。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(206)8月25日

  ~五島が”原点”である Ⅱ~

奈留島に続き、福江に移動。
地方都市のかた住まいが見受けられる。
物資(食料品)やガソリンを運ぶ船がひっきりなしに
長崎市から来ているらしい。

今回の国際フォーラムのポイントは、世界に向けた配信
なので、昨日は地元の技術会社の方と、会場における
ユーチューブ配信に関する下見を行いました、
有線ケーブルを引いて、準備は完了しました。

そして題字を書いてくれた中学2年生の橋本くんにお礼の
品を持参しました。選んだのは”万年筆”。おそらく初めて
万年筆を使うので、楽しみです。
私も中学生の時に母から万年筆を買ってもらい、大人への
第一歩を築いたと思いました。

今日はこれから「カネミ油症五島市の会」の会長さんに
お会い致します。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(205)8月24日

  ~五島が”原点”である~

昨日の朝、「太古丸」で奈留島に到着。
朝焼けの海が圧倒的に美しい。
この島に58年前、「カネミ油」が持ち込まれ、当時7000人
いた島民(当時は奈留町)のほとんどが、各集落で「カネミ
油」(毒の油)を食べている。
しかし、地区によっては「一切食べていない」と言い、
「カネミ油症被害者」であることを”拒否”したまま、亡く
なった人も多い。
私は同じような話を長崎市でも聞いている。
「自分は被爆していない、被爆者ではない」と言い続けて
亡くなった父親のことを話してくれたのは、8歳で広島と
長崎で被爆した方だった。

今回の五島への訪問の目的は、
①「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」(10月10日開催)
 の前準備
②カネミ油症被害者として、認められていない方捜索の
 手がかりを得ることである。
 そのための”聞き取り”を始めているうちに、さまざまな
 未知の情報に遭遇することになる。

昨日だけで6名の方々に接し、メモを取りながら、今後の
具体的な取材のプロセスを考えています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(205)8月23日

 ~ドキュメンタリーは”告発”~

日付をまたいで、博多から五島(長崎県)行きのフェリー
「太古丸」に乗っています。
次回作(15作目)「幻のかくめい」を”尺”にして、ホッと
一息つく間もなく、新千歳空港→神戸空港を経由して、
三ノ宮駅に着いたら、山陽本線は2時間のストップ状態。
何とかかんとか博多まで辿り着いた次第。
夏休みの時期なので、いつになく船は混んでいます。

映画製作を始めた2006年「二重被爆」以来、私の思いは
「ドキュメンタリーは”告発”」という考えに貫かれている。
映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」も、このような
不条理のまま、なおざりにした”国の無策を問う”と取材は
続き、ようやく2024年に映画が完成したのです。
そして、その後もカメラで記録を取り続けているが、映画
製作ではない、つまりまだ”その気にならない”のです。

映画完成と共に、第一次「へその緒検査」の結果が出て、
岩村定子さんが亡くなり(昨年春)、今第二次「へその緒
検査」が進行中。
「へその緒プロジェクト」は、「カネミ油症被害者救済
プロジェクト」へと進みました。
「ドキュメンタリーは”告発”」はさらに進行中なのです。

今日8月23日朝に奈留島に到着後、旧知の皆さんに会う目的
は、「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」から始まる、
新たな”提案”と”告発活動”の端緒となることを伝えることに。

そして今日8月23日は、私の76歳の誕生日です。

まだまだやることがあると思っているので、
五島の海にあがる日の出に向かい、
”もう少し時間をください!”と胸のうちで手を合わせる
ことにいたします。

カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(204)8月22日

 ~国は何をするべきか?を問う!~

戦後80年を過ぎて、日本人は国際機関でも重要な役割を担っています。
特に女性の方々の活躍が素晴らしいです。
数日前からの報道で、ICC(国際刑事裁判所)赤根智子所長に対し、
米国の”ごろつき”トランプ大統領が、“制裁処置”に出た、というのですが、
もちろん実害はない”脅し”だと思います。
しかし 高市総理は”残念”と言うだけで、残念至極です。

この国は国民を守らない、かねがねそう理解しています、
”不条理さ”が充満しているのです。
ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ自治区への非道な
攻撃などでそれぞれトップに逮捕状が出ていることを考えれば、
米国のイラン攻撃により、トランプに逮捕状が出ても決して
おかしいことではない。
こうした”犯罪行為”はしっかり糺すべきだと思います。

さて10年前から製作準備に入り、6年前から取材を始めた
「サークル村と大正行動隊」(初期の仮タイトル)がようやく”尺”になりました。
84分33秒が本編の時間です。予告編は1分33秒。
9月に入り、語りや音楽を入れ、整音を行い、最終的に映像を
完成させるのは、ほぼ1か月後になりそうです。
タイトルは「幻のかくめい 筑豊からのメッセージ」としました。

「二重被爆」(2006年)から20年が経過して、15作目になりました。
やりたいことが、作りたいことが、取り上げたいテーマが、その
都度あってのことですが・・・。

ドキュメンタリーは告発だ、と思っているので、一向に被害者救済
が進まない(非認定被害者が潜在的な方を含めて数十万人想定)ことに
”苛立ち”を覚えます。
前作「母と子の絆~カネミ油症の真実」と異なる“切り口”が見つかれば、
再び取り組みたいと思います。
そのためには、勝手ながら、皆さんからのご支援、ご協力をお願い
したく思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(203)8月21日

 ~組織と行動原理について考える~

人生の中で直面することは数限りないが、私が着目してきた
のは、”個と組織”についてであったように思います。
基本的に”フリーランス”(自分の意志を貫きたい)として生きたい、
と考えてきましたが、学生時代の”クラブ活動(党派)”、社会に出て
からは”企業=会社”と、組織への従属と協調と共生のはざまで営み
をしてきた半世紀だったと認識しています。

影響を受けたのは、大きく2つありました。
①大正行動隊テーゼ
これは学生時代(1970年頃)に知った、筑豊・大正鉱業闘争で
「大正行動隊」(炭坑夫の方々)が掲げたテーゼ(掟)です。
◆やりたいやつがやるがいい、やりたくないやつはやらんでいい
という基本理念の下で、
☆自分がやりたくないという理由で、やる者をじゃましない
☆やらない理由ははっきりさせる
☆その理由への批判は自由
☆意見がちがって、やらないからといって、そのことだけで
 村八分にしない
☆意見が合ったとき、行動すれば隊員と認める

考えようでは”自由すぎる”ため、そんなことじゃ”組織活動は”成り
立たない”という猛反発を受けることもあったが、言わば
”来るものは拒まず、去る者は追わず”そして”全方位外交”を旨として
きた私の”判断基準”はこのテーゼに裏打ちされていると思います。

次は、映像製作会社の創立メンバーが掲げた「自立と自律」という
理念で、当時放送局の下請けという業界の仕組みの中で、いかにして
映像の企画、製作で”自立と自律”を成し遂げられるかの”試行錯誤”
だったように思う。”自分たちの放送局を作ろう”と檄をとばした先輩が
逝って、20年が経ちました。
実現はしていませnが、”製作者の矜持”だと思っているところです。

現場は確実に動いていて、2日前に「ゴリラ」(護憲リベラル共生)と
不思議な名前のグループが現れました。当プロジェクトが信頼している
国会議員も、20名のメンバーの中に加入しているらしい。
私はまもなく、「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」準備のため、
北海道から長崎県五島に向かうため、9月に入ったら、「ゴリラ」に
コンタクトしてみたい。昨年1月の参議院議員会館で行った「母と子の
絆~カネミ油症の真実」上映と集会に参加してくれた数名の議員の名前
も聞こえてきています。

新たに物事を立ち上げる”決意と熱量”には、すべからくリスペクトしか
ありません。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済プロジェクト(202)8月20日

 ~9月後半国会開催を想定~

今北海道苫小牧市で、次回作「幻のかくめい」の編集中で、今日は
1分36秒の予告編が完成。本編と共に9月初旬のMA(音声・音響)に
備えます。
1960年前後の三井三池争議、日米安保改定阻止闘争の時代、日本が
石炭から石油へと、エネルギーの”ギア”チェンジした頃、筑豊中間市
の文化→炭坑争議の闘いの”意味”を問うテーマを描きます。

今週末には長崎県五島に向かい、HPに掲載中の「カネミ油症
五島国際フォーラム2026」の準備と打合せに向かいます。
2024年公開「母と子の絆~カネミ油症の真実」から2年。
カネミ油症被害者と関係者を訪ね歩きます。
そして、カネミ油症被害者救済の主な舞台を国会に展開できないか、
と9月後半招集が予想される「臨時国会」に向けた、さまざまなプラン
を立てて行こうと思います。

さて、厚生労働省健康・生活局の担当者に送った「要請書」(10回目)
の回答が一向に届きません。担当者がメディア記者10名の目前で、
私に”約束した”連絡(6月20日「三者協議」)は、2か月経った今日まで
ありません。さすがに”しびれ”が切れてきました。
来週には新たな質問・提案を含めて、11回目の「要請書」を送ろう
と思います。
”現場”は日々、確実に動いていることを知ってもらう必要があると
考えています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(201)8月19日

~今一度、高校生に迫る、について考える~

私は今月誕生日を迎え、70代半ばに達する。
誕生日となるのが、嬉しいとかいう”感慨”は特にないのだが、
子の世代は40代から50代初めとなり、孫世代は中学から高校生
になっていることに着目しています。

カネミ油症被害者の方々に置き換えてみると、1968年当時、
「カネミライスオイル」に混入したPCB(ポリ塩化ビフェニール)
を摂取した時の親が30代から50代とすると、58年経った現在に
換算するとすでに100歳を越え、亡くなられた方がほとんどで、
そのお子さんだった10代の方が、今の私たちの世代と合致します。

つまり今の私たちの孫世代(高校生)が”同時代”として一巡した
ことになるわけだ。だからこそ今の高校生に「カネミ油症」に
ついて、伝えてゆく意義は大きいと思うわけである。

しかも社会の歴史を見つめ、考える”世界観”に敏感に反応する
時期に符号するのも”高校生”の特権でもある。
昨日札幌で会ったのは、障害者教育に取り組む同学年生でした。
彼は地元北海道の高校新聞部の審査をしていて、今の高校生が
何に”問題意識”を持っているのか、を聞くことができた。
何かしらの”ヒント”が得られたように感じました。

”高校生に迫ってゆく”という視点と試行を今後どのように広げて
行くべきか、さらに追いかけていきたいと思いました。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(200)8月18日

 ~カネミ油症 講話に関する考察~

カネミ油症について、講話しませんか?と呼びかけて
います。
国籍、年齢、性別は問いません。講話の内容はご自分
で考えていただくことが必須です。
カネミ油症を知って、いまだに数十万人の方々が被害者と
して認められず、救済されていない現実、実相をぜひ
伝えていただきたい、と考えています。

私が今”交流証言者”となっているのは、長崎平和推進協会
継承課が担当する”派遣事業”(国内各地へ派遣可能)の
一環です。
①家族証言者 被爆者の家族の方20名が登録されています。
②交流証言者 被爆者と交流があったり、被爆体験に関心
       持った方々で、延べ50人余の方がいます。
       中には同じ被爆者の体験を10名がそれぞれ
       語ることもあります。
※長崎平和推進協会HPを覗いてください。

すでにお伝えしたように、私が交流証言者として、全国
(主に関西以北)20か所の中学・高校生に講話してきた
ことが基本です。
ただ「カネミ油症」の講話者は、”やりたい人がやる”精神で
いいと考えていますので、取り組むハードルは低くしたい
と思います。

ぜひ 応募をお待ちしています。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝