すべてのカネミ油症被害者救済へ(155)6月13日

~まだ、回答が来ないだけじゃない~

先週7日の投稿以降、1週間が経過しました。
まだ9回目「要請書」に対する回答が届きません。
前回まで何度か回答が遅れることがあっても、事前に
「遅れることへの謝罪と連絡」があったのですが、
厚生労働省の担当者はどうしたのでしょうか?

来週後半の19日「油症対策委員会」、20日「三者協議」
が控えており、まさか、”会議前の回答”を控えることは
ないかと思いたいですが。
今日夜にも、2度目の”督促”をしようと思います。

7日から11日にかけて、「人間の條件」北海道ロケ(65年前)
地を訪ねる取材を無事終えました。
道北の「猿払村」では、当時さまざまな”出会い”があったことを
聞きました。80代にさしかかった村民の胸に、仲代達矢さんとの
”思い出”が詰まっていました。

さて今日と明日は「苫東映画祭2026」を地元苫小牧で開催
します。そして来週は福岡へ飛びます。
「カネミ油症被害者救済へ」新たな”チャレンジ”を始めたいと
思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(6月7日)

 ~まだ一か月が残されている~

昨晩から北海道苫小牧では”氷雨”となり、気温は10度を下回って、肌寒く
感じます。今日から「人間の條件」(1959~1961)の多くの撮影現場を
訪ね、65年前当時の撮影を見た人、エキストラで参加した人、撮影の
記録画像を取材します。江別・旭川・網走・猿払・サロベツ原野等、
およそ1500㌔を踏破しようと考えています。

そして昨日気づいたのは、通常国会の開催日程についてです。
1月に”不条理な高市解散”があり、2月18日から「特別会」となり、
150日間ですから、当初の6月半ばではなく、7月半ばまであります。
そこで帰京する6月後半に、できる限りの国会議員事務所に伺い、
「カネミ油症被害者救済プロジェクト」からの”依頼”を行いたいと
思います。目標は衆参両議員の”50名”でしょうか?
これから議員のリストアップを行い、それぞれに連絡を取ろうと思い
ます。

気持ちを切り替えて、周到な準備を行いたいと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(153)6月5日

 ~6月19日・20日に向けて~

今年、2026年も折り返し、後半戦に突入しました。
今日は、厚生労働省 健康・生活局食品監視安全課へ
提出した9回目「申請書」の回答日です。
どのような回答が戻って来るのか?担当者は真摯に、
誠実に対応してくれるのか?見定めたいと思います。

そして今朝、同じ食品監視安全課から、6月20日の
「三者協議」の取材許可の連絡がありました。
取材許可と言っても、別室のモニターを見るだけで、
「録音・録画」禁止という内容です。
以前は会議が行われている廊下の扉越しに「聞き耳」
を立てていました。部屋の中からかすかに漏れてくる
会話を聞くのは、集中力が必要で、交代で”聞き耳”を
立てた通信社の女性記者との”連携プレー”がありました。
これは”報道”でも”取材”でもない、”茶番”でした。

さて来月からクラウド・ファンディングを始める
「カネミ油症 五島資料館」(仮称)の建設費ですが、
建設予定地の画像を見ていただきたいと思います。

今は家庭菜園の場所ですが、何とかこの場所に建てたいと
思います。
皆さんのお力をお貸しください。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

「カネミ油症 五島資料館」(仮称)建設予定地

すべてのカネミ油症被害者救済へ(152)6月1日

 ~いつまでも手をこまねいていられない Ⅳ~

昨日は羽村市で「憲法を武器として」上映会が行われ、
20名の方々にご覧いただいた。
米軍横田基地を抱える街、自衛隊を抱える北海道千歳市、
恵庭市のことを多くの方に聞かれた。
私が高校生だった1968年には、戦車のデモンストレーション
が国道36号線で行われ、「アスファルトの上を」キャタビラが通る
光景を「第6回有島青少年文芸賞」(北海道新聞社主催)に
投稿し、前年に続いて佳作となった。
担任の教師は「稲塚、何を書いたんだ。先に俺に教えろ」
とほほ笑んだ。
横田(砂川闘争)と千歳・恵庭(恵庭裁判闘争)は確実に繋がっている。

それはともかく、前回(151)で書いた「カネミ油症 五島資料館」
について、何人からか問い合わせがありました。
クラウド・ファンディングを組みたいと思うのだが、早くても準備がある
ので、7月以降になる。そこで、協力したい、支援したいと思っている方は
下記口座に”ご厚意”を寄せていただきたい。

岩村定子「へその緒基金」
ゆうちょ 008(ゼロぜロハチ) 普通
口座番号 9058035 フジワラ トシカズ 宛にお願いします。
本日6月1日以降に振り込まれた分は、「カネミ油症 五島資料館」へ
寄せられたと解しますので、よろしくお願いいたします。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(151)5月29日

 ~いつまでも待つわけにはいかない Ⅲ~

1月から始まった通常国会がまもなく終了する。
残る3週間となったが、悲願の”国会でカネミ油症を
取り上げる”を諦めるわけにはいかない。
ただし、私やカネミ油症被害者救済プロジェクトは
国会に議席を持っていないので、現状の議員の方々に
活躍いただきたいと思います。

一昨日は「国旗損壊法」に反対する声をあげている
皆さんを横目に、議員会館を訪ね、与党の議員事務所へ
カネミ油症に関する資料を届け、後日の面談をお願い
してきました。

通常国会が終わっても、世の中は確実に動いて行くので、
今後も”全方位”で議員の皆さんに協力依頼をしてゆきます。

昨年12月に五島市で「母と子の絆~カネミ油症の真実」
上映会を行った際、40年間にわたり「カネミ油症」に
関する記事を残してきた方に会い、交流が生まれています。

5月半ばにお訪ねしたところ、思いがけず話が弾み、
「カネミ油症五島資料館」を作ろう、と思いがけず盛り
上がってしまった。その方の庭は300坪近くあり、
その庭の一部に資料館を建設する費用(素人考えで1500万円)
を調達できるなら、この土地を自由に使ってもいい、とまで
具体的なプランが飛び出した。
準備期間を経て、クラウド・ファンディングを実行できたら、
と考えています。
”夢はデッカイ方がいい”とどこかで聞いた気がする。

最近このブログを見に来てくれる方が増えているらしい。
これからも楽しみなことに違いない。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(150)5月25日

 ~いつまでも待つわけにはいかない Ⅱ~

連日の投稿をお許し願います。
1か月前から「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」の仮チラシを
作成し、多くの皆様に「五島国際フォーラム」の”主旨”をご説明・
ご案内してきました。ご提示した”主旨”にご賛同いただいた方が、
100名を越えましたので、今日5月25日段階の”賛同者”の方々を
ご紹介したいと思います。
「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」賛同者リスト

ご賛同いただき、メッセージをいただき、”支援金”もいただきました。
皆様の”お気持ち”を大事に、胸にとどめて、10月10日の実施に
向けて、準備を粛々と進めて参ります。

当然のことながら、「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」を
実施させるにはとどまりません。
「すべてのカネミ油症被害者救済へ」をいかに実現させるかが
”最終目標”であります。
そして、「カネミ油症被害者救済プロジェクト」では、さらに
”プラン”を練り、実行に向かおうと思います。
まもなく6月、通常国会が終了しても、国(厚生労働省)に迫る
方法はあまた考えられますので、次のステージを目指したいと
思います。

なお”賛同”される方を引き続きお待ちしています。
ぜひご連絡をお寄せ下さい。
fujiwara.t2015@gmail.com (藤原寿和)宛に。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(149 ) 5月24日

~いつまでも待つわけには行かない

先週厚労省健康・生活局食品監視安全課宛に、9回目の
「要請書」を送りました。
すでにこのHPでみなさまにご覧いただけます。
(上記緑字「要請書」をクリック願います)
回答期限を6月5日と伝えました。

長かった「通常国会」も残り1か月を切りました。
衆議院選挙のおかげで、”飛んだトバッチリ”ですが、愚痴を
言っている暇はありません。
「一の矢」を託した二人の国会議員が、何ができるのか?
を見つつ、週明けに帰京したら、「二の矢」「三の矢」に取り
組むことになります。
国会議員は衆参両議院で約700名強。まず5名、次に10名と
ひたすら声をかけてゆくことになるのでしょう。

皆さんの”正義”とは何でしょうか?カネミ油症被害者が負う
”不条理”を叩き潰さなくてはいけません。
今日は、先日厚生労働省へ送った「要請書」をご覧いただき
たいと思います。
ぜひご感想をお寄せください。
回答があり次第、10回目に取り組みます。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(148)5月19日

「五島国際フォーラム」記者発表~

    5月17日(日)は、昨年12月五島市福江で開催した、
    映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」上映会で
    お会いした”隠れキリシタン”研究者宅をお訪ねしました。
    その方は、カネミ油症を報じた新聞紙面のスクラップ
    をほぼ40年分保存されています。
    ご自宅に併設された”資料館”には、キリシタンに関する
    本だけではなく、研究発表などさまざまな資料が約50
    ㎡の空間を占めていました。
    その前日奈留において、”潜伏キリシタン”と”隠れキリシタン”
    の違いについて、世界遺産のガイダンスの方に詳しく聞いて
    いたことが、甦ってきました。
    まだ十分に理解できていませんが、今回の旅がキッカケと
    なって、カネミ油症被害者の方々の“心情と信条”を辿るうえ
    で”意味を持って“くる”予感”がいたします。

    そして昨日午前、長崎県議会議員とお話しできました。
    2013年にカネミ倉庫が負担すべき医療費を”肩代わり”が続く
    五島市の実情を当時の県知事に問う、議事録が残されていま
    す。その議員の出身地は奈留島。長崎市議と県議を合わせて
    9期務め、来春の統一地方選挙では10期目を目指すと話して
    いました。ただし、年間で県政に対する”一般質問”はわずか
    60分間。質問項目は最大4件となると、長崎市選出の議員と
    して、”カネミ油症”について、何を質問することができるのか、
    悩ましい限りです。
    なお五島地区選出議員は自民党(議会棟の名札の数は驚く
    ほど多い)所属。
    本来私は、”全方位外交”ですから、これから議員に接触を
    試みたいと思います。

    午後は長崎市役所7階にある、記者クラブ横で記者発表を行い
    ました。所属する新聞・放送・通信社は20社。
    会場と、その後通信社の記者と合わせて5社の方々にじかに
    お話ができました。
    ◆「カネミ油症 五島フォーラム2026」開催の案内
    ◆カネミ油症被害者救済プロジェクトからの「五つの提言」
    ◆今回の取り組みに賛同いただいた方々の案内(101名)

    また、ここから始まるのだと思います。

    カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(147)5月16日


 ~長崎県五島市の真実 Ⅱ~

5月16日(土)は朝、8:05福江港から奈留島に向かいました。
奈留レンタカーの窓口の女性は顔なじみ。電気自動車の6時間
コース(4,000円)を借ります。
車で5分、「奈留離島開発総合センター」にて、カネミ油症
被害者の方と面談。ここには、図書館、ホールなどがあり、
「母と子の絆~カネミ油症の真実」上映会を2年前に行いました。
その半年前には、「カラオケひばり」の例会を取材した記憶が
あります。1時間半に渡り、有意義な情報をお聞き出来ました。
ありがたいと思います。

続いて、矢神地区の被害者宅を訪問。手巻き寿司をご馳走になり、
92歳になられたご主人と奥様の歓待を受けることができました。
かつて取材の時は、一晩泊めていただき、おいしい魚料理をご馳走
になりました。

その後、奈留高校の「瞳をとじて」(荒井由実歌)の歌碑を見に
行きました。荒井由実さんとは「遠くへ行きたい」という番組
で、1975年に神奈川県・湘南で2泊3日のロケを行い、「天気雨」
を作っていただきました。
私にとっては、3作目の演出作品、フィルムの番組でした。
そんなことはともかく、午後福江に戻り、明日は長崎へ向かい
ます。
やはり”現場”に立つと、さまざまなアイデアが浮かびます。
また皆様にお伝えします。

これから明後日18日に長崎市役所記者クラブで行う「記者発表」
の準備に取り組みます。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(146)5月16日

 ~長崎県五島市の真実~

5月8日京都、大阪、小倉を経て、今朝長崎県五島市に到着した。
真っ青な空と海、もう夏の気配の福江港に降り立ちました。

島は広い、レンタカーをお借りして、五島市役所へ。
この4月から福祉保健部で「カネミ油症」の担当になった方と打合せ。
五島市のご後援をいただいた「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」
(10月10日開催)の準備、そしてカネミ油症被害者救済プロジェクトの
活動履歴の説明を行いました。まもなく上司の方も見えて、しばし
お話が弾みました。確かな”手ごたえ”を感じて、富江中学校へ向かいます。

昨年12月に行った”五島上映会”においで下さった校長先生と再会し、
「カネミ油症 五島国際フォーラム2026」の題字を生徒の皆さん(全校
37名)にお願いしました。
私は高校1年から2年にかけて、書道部に所属、男子は私一人、先輩の女生徒
7人に囲まれて緊張する日々を送りました。それはさておき、6月末までに
どんな作品が届くのか?楽しみです。

そして「カネミ油症被害者 五島市の会」の幹部との打合せ。さまざまなご意見を
伺うことができ、今後の活動に生かしたいと思いました。かつては遠洋漁業の
ベースキャンプだった”玉之浦港”の海面に写る”我が身”を眺めながら、近い将来に
一つでも二つでも、達成させたいと思いました。
明日は”奈留”に向かいます。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝