~全精力を”高校生に向けて” Ⅱ~
昨日地元「苫小牧映画サークル」第18回上映会で、「陸軍」
(木下恵介監督作品、1944年=昭和19年)をご覧いただき
ました。モノクロ映画で、音声(セリフ)が聞き取りづらい
ところもありましたが、ズシリと重く、響く内容でした。
慶応2年から、日清・日露戦争を経て、太平洋戦争に至る
家族(笠智衆・田中絹代夫婦と子どもたち)を淡々と描いて
います。映画冒頭に、”陸軍省後援”と掲げられて、いわゆる
”国威高揚”を目的とした映画であり、戦時下の福岡が舞台。
戦争遂行の中、圧巻は最後の10分です。町中を進軍行進する
息子を見送る田中絹代さんの演技は、周りで日の丸の旗を
振り、歓声を上げる人々の中で、息子の無事を願い、行進
する姿を見つけ、追いかけるのです。異空間のようでした。
木下恵介監督は、この映画完成後、厳しく叱責され、
終戦まで映画製作に関わることができなかったと聞きました。
木下監督の、映像製作者としての”矜持”を感じました。
そして「カネミ油症」を伝える”講話者”をどのように見つけ、
広めてゆくべきか。考えています。
(198)でお伝えした、被爆体験の”交流証言者”のように、
被害者本人や家族(お子さんやお孫さんなど)ではない
各世代の方々が、「カネミ油症事件」を知り、感じたことを、
ご自分の感性と視点によって、伝えていただくことが大切
だと思います。
ご興味とご関心を持っていただける方は、ぜひ当ホームページ
の”お問い合わせ”コーナーでご連絡をお願いいたします。
今後「講話者制度」の運用についての進捗状況については、
適宜、随時この欄でお伝えして参りたいと思います。
カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝