すべてのカネミ油症被害者救済へ(197)8月15日

 ~私の”原点”は恵庭事件判決だった Ⅱ~

また今年も8月15日を迎え、またぞろ「靖国参拝」を
するかどうかの報道が溢れかえっています。
保守の人々の”通過儀礼”にすぎないのかもしれないが、
あるいは”存在証明”なのかもしれないが、いい加減
”あほらしい”ことと思わないのだろうか?
私たちは、きちんと高校の日本史で学んだはずで、
”戦争遂行者(あえてA級・・・・)”を祭った特殊な
神社であって、恥ずべき場所だとしか言いようがない
のである。

さて昨日の(196)の続きをお伝えしたい。これも、
この時節だから、話しておきたいと思うのです。

高校2年の秋の文化祭で、恵庭事件を描いた「叫び」と
いう演劇をクラスメートが”朝練”で一か月練習していた
のは、放課後にはそれぞれ部活があったからで、職員室の
許可をもらい、朝7時過ぎから約一時間、「武道場」で、
本読み→立稽古→通しリハーサルと続けていました。
別に”演劇甲子園”を目指したわけではないが、
そこには”情熱”があったのだと思います。

当時母校には、全国大会出場レベルの演劇部があり、
クラスに数人演劇部員がいたのだが、あえて出演して
もらわなかった。
それは、明らかに演技のレベル差だけが観客に伝わる
だけだと思ったからである。
そして”叫び”を上演するまでを、小説に書いてしまった。
タイトルは「幕が上がるまで」。作家安岡章太郎さんの小説
「幕が下りてから」をなぞったのです。
その小説は「第5回有島青少年文芸賞」(北海道新聞社主催)
の佳作となった。優秀賞は佐藤泰志(函館西高校3年)の
「市街戦のジャズメン」(1967年10月8日の羽田闘争を描いた)
だった。50年前は明らかに”政治の季節”だったのである。
昨年「市街戦のジャズメン 作家佐藤泰志の衝撃」をようやく
完成することができたのだが、その話は別の機会に・・。

そして翌1968年、「群青色の喜劇 ニッポンの高校生」を上演
するのだが、生硬な中身で全く受けなかった。
懲りずに「アスファルトの上を」を書いて、「第6回有島青少年
文芸賞」佳作となりました。

秋、市内の目抜き通りを自衛隊の戦車がパレードを行い、
一人の高校生が路上から”生卵”を戦車に向かって投げるのだが、
届くことなく、アスファルトの上にまき散らされ、”ジュ―”と
音を上げ、警備の警官がこちらに向かってくる。というところで
終わるという内容だった。

私が今注目しているのは、”今を生きる高校生”です。
「二重被爆」「恵庭事件」「カネミ油症」の上映会に来て下さるのは、
60代以上の方々で、
「もっと若い人に見てもらえたらいいのに・・」
という言葉が、アンケート用紙に書き込まれています。
が、生活に懸命に取りくむ20代~30代に期待するのは”酷”では
なかろうか、と思わずにいられません。

これまで以上に全国各地の高校生の皆さんに近づき、迫ることが
求められていると感じています。
あらゆる方法を駆使して・・。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

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