~何が変えられるのか ③~
特別国会の会期が1週間延長となったが、実質22・23・24日の
3日間と言われている。
何のために延長したのかというと、自民と維新の身勝手な”野合”
のためである。
矛盾と不合理な「皇室典範改正」の余波は続いていて、これから
益々盛り上がるに違いない。
”貧困と物価高”による、日常生活の混迷について、何ら手を打つ
ことができず、言わば形而上的な施策のみが跋扈し、大切な
形而下の政策が蔑ろにされているのだ。
なぜ歴史的事実を無視して「男系」を主張するのか?
それは戦前の歴史に学べば明らかで、つまり”昭和天皇”(それ以前
の明治・大正天皇もしかり)は、軍部(軍人たちの)の”傀儡”に
過ぎなかったからである。
一例として、”満州国”設立でも証明されている。
”皇国史観”なるものがこの国に持ち込まれたのは、今から140年前の
1886年ではないかと考えられている。まさしく歴史を戻しては
いけないのだと思う。
私は恵庭事件(北海道恵庭町の酪農家兄弟が、自衛隊基地内の
”通信線”を切断し、”自衛隊法”で起訴された1962年の事件)を
描いた映画「憲法を武器として~知られざる50年目の真実」(2017)
で伝えたのは、自衛隊の持つ”陸海空軍”は、日本国憲法により
禁じられた”軍隊”であり、自衛隊は違憲である、という至極まっ
とうで、シンプルな事実であった。
しかし1867年の札幌地裁は、自衛隊の憲法判断を”回避”して
しまった。そうした、曖昧なままにして、判断を先送りすることが、
この国を”ダメ”にしてきたのである。
ここ数日矢野トヨコさん(2008年没)が生前全国を駆け回り、
国(厚生省・当時)と九州大学らが振りかざした”診断基準”に
より、分断された未認定被害者のリストを読み進めています。
1990年代に作成されたリストからすでに30年が経過しているが、
これから丹念に”追跡”してゆこうと考えています。
このブログのタイトル「すべてのカネミ油症被害者救済へ」が
基本なのだが、これからは圧倒的多数の未認定被害者救済に
向けて、軸足を移そうと考えています。
ぜひ皆さんのご支援とご協力をお願いしたいと思います。
カネミ油症被害者救済プロジェクト 稲塚秀孝