すべてのカネミ油症被害者救済へ(122)

~粛々と・・「検診を受けませんか?」~

昨晩は「トンデモない”夢”」を見てしまいました。
自民+維新が衆議院選挙で3分の2を確保し、近い将来
憲法9条改正、”徴兵“制実施となるという”未来図”が国会で
”強行採決”されるというものでした。
〇〇議長の首が何者かに絞められて、その議長が私だという
実に”おぞましい”ところで、”尿意”に気づいて目が覚めると
いうものです。

毎年国(厚生労働省)は、全国油症治療研究班と連携して、
カネミ油症被害者の検診を各地で行っています。
国が勝手に決め、法的根拠のない”診断基準”で認定された
被害者、数値が及ばず未認定となった被害者(次世代=
カネミ油を摂取した親から生まれた子や孫世代も含む)の
方々が血液検査、レントゲン検査、歯の検査、医師との面談
(症状を伝える)などが行われています。

何年も通いながら、カネミ油症被害者と認められないことから
検診に足が向かない方も増え、年々受診者が減少しています。

折角国の予算で行われる検診ですし、無料ですから、ここは一度
健康診断(私の所属する”協会けんぽ”では、受診料の自己負担は
約7000円)を受けてみませんか?と声掛けしてゆきたいと考えて
います。国の事業に協力するという”大義名分”も立ちますので、
とても良いことをするという気持ちになれると思います。

次年度(2026年4月以降)になり、検診の申込手続きの中身が
判明次第、”粛々と”動きたいと思います。
皆さんのご協力をお願い申し上げます。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(201)

~動くことで、見えて来るもの~

昨日(2月6日)調布市役所の「期日前投票所」は50人以上待ちの状態
だった。ようやく一昨日に投票案内が届いたけど、私は1週間前に投票を
済ませた。明日8日夜の開票はきっと、とんでもない結果が予想されて
いる。だがあきらめず、粘り強く、信念をもって活動を続けようと思う。

動くことで、見えて来るものがある。つまり動かなければ、何も見えず、
何も動かないということだ。

昨年の「カネミ油症検診」を受けた方から連絡をいただいた。
国と九州大学が勝手に定め、法的根拠がない”認定基準”は「ダイオキシンの
血中濃度50ピコグラム以上」となっている。
その方の結果は、およそ10分の1であり、”未認定”という診断が下された。
カネミ油症の原因物質と言われる”PCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)”の
数値である。ただしこのPCDFは、”ダイオキシン類”の一つにすぎなく、
この検査には欠陥があると言わざるを得ない。
通知の発行元は、県の生活衛生課食品衛生係で、ここが健診実施に関わり、
“診定委員会”(その実態は明らかにされていない)なるものの下した結果を
通知してきたのだという。〇〇県油症対策協議会の役割は、
①カネミ油症被害者の検診実施
②カネミ油症患者の健康管理支援
③カネミ油症患者の認定に関する業務
となっています。

この〇〇県油症対策協議会は、〇〇県生活衛生課食品衛生係所属となっており、
なぜ協議会なるものが存在するのか不明である。いずれ協議会についての
”情報開示”請求をしなくてはいけないかも知れない。
私は1968年の「カネミ油症」発生当時は、北海道苫小牧市在住(高校3年)
だったので、カネミ油を両親も含め、食していない。残念ながら検診を受け
たくとも無理である。
引き続き追及してゆきたいと思う。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(120)2月3日

 ~新たな”カネミ油症被害者登録制度へ”~

いま「カネミ油症被害者救済プロジェクト」が検討し、
新たに提案しようとしているのは、これまでの国の
ルーティンを破棄することから始まります。

①毎年行われる国と九州大学油症治療研究班などで実施する
「カネミ油症健診」(夏から秋、西日本を中心に全国で開催)
②この健診の決め手は、「血中濃度50ピコグラム」(2004年制定)
 で、担当医師の報告が、「診定委員会」(福岡県と長崎県に存在)
 に掛けられる。(翌年3月頃)
③「診定委員会」で「カネミ油症被害者」と”認定”された人には、
 個人宛に連絡され、「カネミ油症被害者全国連絡会」には伝え
 られない。毎年数人、3~5人程度らしい。
④認定された方には、
 健診を受けて、国の事業に協力する名目で、年19万円、
 原因企業の「カネミ倉庫」から支援金として、年5万円、
 つまり年24万円が支払われる。
 さらにカネミ倉庫から「受療券」が送られ、この「受療券」を
 診察を受ける病院・診療クリニック(指定された)に提出すると、
 個人負担分の医療費が免除される。

これがカネミ油症被害者の”認定”された方の実態である。
認定されない方に、カネミ油症被害の症状がないわけではない。
重篤な症状を抱えた方々が数万人いると考えられている。

そこで私たちは、認定制度を破棄して、「カネミ油症被害者登録制」
を立ち上げ、国と交渉し、実現に結び付けたいと考えています。
その実施内容を固め、具体化してゆくため、今晩スタッフは長崎県
五島市に向かいました。
今後の「行動計画」については、徐々にお伝えしてゆきたいと思います。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(119)(2月1日)

~新たな”指針”を掲げて前へ~

先日”新たなヒントが・・”と書いてから、今後の活動方針を考えて
ほぼ1週間が経過しました。
本日、当プロジェクトを担う共同代表の藤原さんと打合せを行い、
ほぼこの6月までの方向性を定めることができました。

これはカネミ油症事件から57年を経て、実現できなかった「すべての
カネミ油症被害者救済への道」となるはずです。

国(厚生労働省)や九州大学油症治療研究班が”不条理”に定めた”診断基準”
を破棄するところから始まり、いまだに「カネミ油症被害者」として
認められていない人々(カネミライスオイルを食べた本人、その子ども、
孫に至る”連鎖”を断ち切る、新たな「カネミ油症被害者として登録」すると
いう発想から立ち上げようと思います。

その過程では、被害者組織、被害者支援団体の皆さんにも、協力依頼をして
行くつもりですが、これまで見聞きした状況からでは、理解し、同じ隊列で
闘うことは難しいかも知れません。
私たちの活動に残された時間には限りがあります。
「母と子の絆~カネミ油症の真実」(2024)で取材した岩村定子さんの思い、
「生後4か月で亡くなった長男がカネミ油症だった」(1973)を叶えることが
できない中、岩村さんは昨年3月にお亡くなりになってしまいました。
残念で、無念ですが、被害者の方々が高齢になってゆく中で、一つでも”成果”
に近づけたいと思います。

具体的な活動を始めるにあたり、引き続き、このHPをご覧いただいている
皆様のお力をいただければと、願っております。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(118)1月28日

~新たに、ヒントが見つかったかも・・!~

先週23日「油症委対策委員会」、24日「三者協議」の
傍聴とぶら下がり会見取材を終えてから、”もやもや”感が
ありました。その後小倉に移り、次回作「幻のかくめい」
取材に取り組みながら、なお”もやもや感”が抜けません
でした。

そして昨晩ようやく”もやもや感”の実体が分かりました。
それは、「カネミ油症被害者全国連絡会」(全国で14団体)
には、カネミ油症で被害者認定されていない方(いわゆる
未認定被害者)は含まれていない、もしくは参加できない
ということが判明したのです。
これは「カネミ油症事件取材」を始めてから、うかつでは
すまない、と恥じるべきことでした。
そもそも我がプロジェクトは、”認定・未認定”というすみ分けを
認めていない、拒否してきました。

そこで、ここからは「カネミ油症被害者」として認められて
いない被害者(支援金+健診手当=年24万円を受けられず、
医療費を免除されていない)の方々の結集を図っていきたいと
思います。
そして国や九州大学が勝手に決めた”診断基準”(血中濃度50
ピコグラムなど)とは、別に独自の判断材料を基に、国(厚生
労働省)に強く訴えてゆきたいと思います。

これはこれまでの57年に渡る「カネミ油症闘争」を一度”精算”
して、新規に立ち上げる運動になるのではないかと思います。

2月から、提案を次々として参ります。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(116)1月25日

~ささやかな”収穫” 第24回「三者協議」~

23日「油症対策員会」に続いて、昨日24日は「三者協議」が開催
されました。朝9時、福岡県合同庁舎2 の会場に到着。
9時30分冒頭撮影。
参加は国(厚生労働省・農林水産省)、カネミ倉庫(原因企業)、
カネミ油症被害者全国連絡会でした。
私達報道スタッフは、指示された通り、会場の様子を伝えるモニター
を傍聴しました。

議論の進展はありません。
12:30 終了。
廊下で待ち受け、カネミ倉庫の三浦さんにカメラを向けました。
Q[今日も加藤大明社長は欠席しましたが、体調はいかがですか?」
A「日によって、いい時もあればきつい時があります。しばらく回復まで
 に時間がかかりますね」
Q「三浦さんのことは、カネミ被害者の方々から伺っています。
  昨年11月に長崎県五島市長が、加藤社長を訪ね、未払の医療保険料に
  ついてお話したそうでしょうね」
A:「その件は私は分かりませんが、いずれ明白にせざるを得ないと思います
  けど、近いことはないと思います」

  三者協議の次回開催は、6月20日(土)の予定です。

カネミ油症被害者救済プロジェクト  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(115)1月24日

~第29回「油症対策委員会」(福岡)に参加して~

昨日は法に基づいて年2回開かれる「油症対策委員会」(主催:九州大学
油症治療研究班)が行われました。
私は2022年頃から参加していますが、本日開催される「三者会議」と共に、
実に”特異な取材”となります。
報道関係者(新聞社、通信社、放送局など)は、各社1名のみ、会議の傍聴のみ
で撮影・録音禁止、質問などの発言禁止という、強引に”黙して語れない”状況
です。ストレスが溜まる時間となります。

そして昨日の内容は、”全く内容のない噴飯もの”でした。
2021年から開始した「カネミ油症被害者の”次世代調査”の報告」が軸になっていますが、
具体的な症状の説明はおざなりで、あえて「先天性異常は見受けられない」という
極端な指摘がありました。
また現在国(厚生労働省)が示す「診断基準」となり、”ダイオキシン類の血中濃度50
ピコグラム”へのこだわりを残しています。

カネミ倉庫製の毒の油を食した親から生まれた子や孫の重篤な症状にまともに
向き合うことはありません。
会議後の”ぶら下がり会見”には、九州大学油症治療研究班長の中原剛士さん(皮膚科教授)
が立ちました。地元新聞記者、放送局ディレクターの質問の最後に私が聞きました。
「今回(2021年から)も次世代調査の健康調査の結果報告は、従来通りでした。
今後に何を託そうとしますか?」と。
中原班長からは具体的な”構想”を聞くことはできませんでした。
国との関係において”がんじがらめ”となっている、中原班長の”苦悩の深さ”が見受けられ、
何とか”この目の前の男”を救う道はあるのだろうか?と思いました。

カネミ油症被害者救済プロジェクト   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(114)

~厚生労働省へ、7回目の「申請書」の行方~

 1月15日期限の厚生労働省 生活・健康局食品監視安全課指導係(以下、」厚労省安全課)は、15日18時19分にメールが届き、「対応が遅れて申し訳ありません。来週中にはご返事府ができるものと思います」という内容でした。本来は1月23日から始まる「通常国会」前に受け取りたかったのですが、待ちたいと思います。そして報道の通り、高市総理の”テロ解散”により、国会審議は2月後半になりそうな気配のため、カネミ油症被害者救済プロジェクトして、国会質問の準備を粛々と進めようと考えています。近日中に届く厚労省安全課からの”回答”内容は、重要なファクターである、と認識しております。


 総選挙に向けて、「中道改革連合」(立憲民主党+公明党が中心)ができる見込みですが、過去の「カネミ油症事件」の歴史を見ると、公明党の役割特に坂口力厚労大臣の頃)は大きく、昨年1月末に「母と子の絆~カネミ油症の真実」を参議院議員会館上映会をキッカケに、立憲民主党の議員の方々との交流が始まっていることから見ると、”中道”の皆さんと引き続き「カネミ油症事件」及び「カネミ油症被害救済」への道は前へ進められるのではないか、と前向きに捉えているところです。勿論自民党、共産党などにもアプローチは続けたいと思いますし、「カネミ油症事件」は明らかに「食中毒事件」であり、ダイオキシン類による健康被害ですので、健康に生きるための、国民全体に関わる案件と理解
するが故に、党派を問わず協力と支援を得たいと考えています。

 政局は当然流動的ですが、決して原点を忘れずに、カネミ油症被害者救済に向けて活動を続けたいと、改めて心に刻みたいと思います。

                     カネミ油症被害者救済プロジェクト 代表   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(113)

 ~”テロリスト”を倒そう~

 日本の平和、一人一人の国民の生活が脅かされているのだ、とつくづく思う。年明けから始まった”衆議院解散”の動きには、私が生まれる以前の”神国日本”の時代に戻ったような、一人の権力者の横暴が感じられるのは、私だけだろうか?
これは”テロ行為”なのだと、見まごうほどである。高市総理は、明らかに”テロリスト”と認定できるのだ。さてこの状態から、どう私たちは安心・安全を確保できるのか?取り戻せるのか?試されている”時間”に入ってゆくのだと思う。

 今日はカネミ油症事件を国会で取り上げるための準備作業を粛々と行うミーティングができた。明日15日は、厚生労働省の担当部署に提出した7回目の「申請書」の回答日である。今回は約束の日に”回答”が届くのか?楽しみである。そして、1月23日(金)は九州大学カネミ油症治療研究班が主催する「カネミ油症対策委員会」が博多駅構内で開かれ、翌24日(土)は「三者協議」が福岡県庁合同庁舎内で開かれる。カネミ倉庫加藤大明社長は現れるのか?過去4回は、体調不良を理由に欠席し続け、会議自体の意味が喪失している状態である。

 私は個人的に、前回の「油症対策委員会」後の、「カネミ油症被害者全国連絡会」の皆さんとの“懇親会”の席上で、強い腰の痛みを感じて、やむなく途中で退席してしまった。その「脊柱管狭窄症」の痛みを押えながら、リベンジのためにも参加したいと強く望んでいる。

                  カネミ油症被害者救済プロジェクト 代表   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ(112)

 ~正月明けに動くこと~

 熊本県水俣市から戻った、「カネミ油症被害者救済プロジェクト」共同代表の藤原寿和さんから連絡がありました。「水俣病事件とカネミ油症事件との連携を行おう」という確証が得られた、というのです。新春にすばらしい展開だと思います。

 正月明けにいくつかのプロジェクトの立ち上げができるかも知れません。すでにお伝えした「カネミ油症事件・五島フォーラム2026」(2026年10月10日開催予定)もその一つです。ヒントは、
①新たな”映像批評プロジェクト”(仮称)の展開です。
 私はSNS民による「オールドメディア」批判を苦々しく思っています。もちろんフランクな、自由な”批判”はOKですが、名前も名乗らない”無署名性“民を許すことができません。”名乗り出ろや!”と言いたいのです。そこで近年低調と思える”映像(テレビ・映画など)批評”の場を作りたいと思っています。近日中にプランを提示し、遅くも今年夏までに開始したいと思います。
②”1960年代プロジェクト”(仮称)の展開です。
 私は「憲法を武器として 恵庭事件知られざる50年目の真実」(2017年)を今も 東京・文京区民センターで上映中です。先日1月10日が第74回目の上映会でした。恵庭事件が起こったのは、1962年12月、札幌地裁で”被告無罪”の判決が出たのは、1967年3月でした。そして昨年秋公開の「市街戦のジャズメン 作家佐藤泰志の衝撃」の題材は、1967年10月8日羽田闘争(佐藤栄作首相 南ベトナム訪問阻止)でした。さらに現在編集中の「幻のかくめい」は、1958年発行の「サークル村」に始まり、 1961年~の「大正炭鉱闘争」(大正行動隊から大正鉱業退職者同盟)に迫る内容となります。

 私が大学に進んだのは、1969年。衝撃は1969年9月5日「全国全共闘結成集会(日比谷野外音楽堂)の現場にいたことでした。はじめて”赤軍派”が登場した瞬間でしたから。当時を生き、活動したり、ノンポリとして眺めていた皆さんに呼びかけたいと思います。

 というように、新たな展開ですが、原点の考え方は、
◆やりたいものがやる、やりたくないものはやらなくていい
◆やりたくないものは、やりたくないという理由で、やりたいものの邪魔はしない
◆やりたくないものが、やりたくなったら、仲間として迎え入れる
ということで考えています。何が、どうできるのか?自分自身でもワクワクしているところです。

                  カネミ油症被害者救済プロジェクト 代表   稲塚秀孝