~遂に完成した瞬間~
先程日付を渡ったころに、エンディングロールを入れ終えて、
完パケとなった。
博多での編集開始が7月7日のだから、優に1カ月を越えた。実質編集日
は、18日だった。
なかなか編集の“覚悟”がつかず、編集担当の伊野さんに心配をかけた。
明日からは、上映活動や、ポスター・チラシの製作に力を注ぎたい、
と思う。今回は疲れた。
では引き続きよろしくお願いいたします。
映画監督 稲塚秀孝
~遂に完成した瞬間~
先程日付を渡ったころに、エンディングロールを入れ終えて、
完パケとなった。
博多での編集開始が7月7日のだから、優に1カ月を越えた。実質編集日
は、18日だった。
なかなか編集の“覚悟”がつかず、編集担当の伊野さんに心配をかけた。
明日からは、上映活動や、ポスター・チラシの製作に力を注ぎたい、
と思う。今回は疲れた。
では引き続きよろしくお願いいたします。
映画監督 稲塚秀孝
~「あと一息だ!」から続く日々~
ラストスパートの2日間の初日。
昨日8月11日は、出来上がった音声ミックスを張り付けて、
映像の作業。空白の部分をワンピースずつ受けて行く。
冒頭にこの映画の“挑戦”のメッセージを置いた。
カネミ油症事件から半世紀、56年後の映画製作の目的、使命は
何か、を問うことにした。
それは事件発生の1968年に立ち返り、当時の“空気感”を感じて
貰いたいということ。当時の感覚を呼び起こして、振り返り、
今伝えられることは何か?を必死に追い求めることではないか?と
訴えた。
20秒のメッセージ、そして私自身が問いかけるところから始める
のである。ご覧いただく方々にどう伝わるのか?
「熱量のチカラ」を信じたい、と思います。
さて映像はほぼ完成。今日は有り余る情報を整理するために、字幕入れ
に取り組む、熱い、暑い一日になりそうだ。
今日は8時スタートに決めた。
映画監督 稲塚秀孝
~また博多へ向かう~
8月10日(土)お盆前の三連休の初日。
新宿から新宿湘南ラインと東海道線を乗り継ぎ、名古屋から「ひかり」の
自由席に飛ぶ乗った。
昨日はナレーション収録後に音声ミックスを行い、終了は27時。
赤坂のスタジオから調布の自宅に戻り、シャワーを浴び、資料を整え直し、
朝食と洗濯を終えて、新宿発11時の新宿湘南ライン、小田原から東海道線
と乗り継いだ。
在来線では本日中に博多に到着しないので、新幹線も利用する。
ナレーションも音楽も入り、音響は完成。明日と明後日は、映像の完成を目指す
ことになる。
まもなく夕方の19時。このメールを打っている左側は、瀬戸内の海に差し掛かっている。
夕陽は前方に見える。「真っ赤な太陽」である。
あと15分位だろうか?瀬戸内海に沈む夕陽を楽しみたい。
映画監督 稲塚秀孝
~ようやく“白”ができた~
7月7日から博多ATC社内で始まった「カネミ油症の真実」の
編集は、途中行ったり来たりしながら、1カ月が経過して、
今日”白”素材ができた。これから音処理(MA8月9日)、
字幕入れなどで完パケ「完全パッケージ」となる。
尺は85分31秒。当初の想定内に決まった。
今日(8月7日)に、ナレーション原稿を書き、明日には語り手に送る。
本来は今日までに映像も完成させたかったのだが、「編集の覚悟」が定まらず、
ここまで延びてしまった。
カネミ油症は複雑で、難しい内容だと、改めて感じた。
カネミ油症事件発生(1968年)から56年。
今ご覧いただく、意味のある作品を目指したい。
映画監督 稲塚秀孝
~悩んではいられない~
昨日8月3日から博多にて、最終編集開始。
昨日は編集の流れを見直しながら、約50分まで繋いだ。
編集担当の”相棒“も積極的に声をかけてくれる。
7月7日から始まった編集も、途中取材やナレーション収録で抜けつつも、
15日目を迎えた。呼吸もあってきているのを感じる。
「こうじゃないかな?」「こうだよね!」と声を掛け合うのは、杵をふるい
合いの手を掛け合いながらの“餅つき”にも似ている。
私なりに”編集の手法=流儀“もある。
テレビ番組とドキュメンタリー映画製作で培ってきた“思い”でもある。
今回自分に課した編集テーマは、“ずっしりと重い内容を軽やかに観ていただく”
ではないだろうか?
そこで1週間前までに並べた粗構成を、変えてみた。
カメラの前で自らの「カネミ油症体験」を語ってくれた女性たちを、次々と並べて
みることにした。母がお子さんを思う強く深い気持ち、決意、後悔、悔しさ、そして
感じる“不条理”の感覚、怒り・・ないまぜの、どこにぶつけたらいいのか、という
もどかしさを伝えられたらと思っています。
映画監督 稲塚秀孝
~覚悟は決まった!~
明日から博多へ向かいます。手元にある資料を読みながら、
最終編集に臨む“覚悟”を決めようと考えています。
今日は昼に、霞が関へ出かけ、厚生労働省前で外観撮影をしました。
昼ごはん時ですから、職員の方々が表に出てきます。
勿論知人も友人もいません。
皆さん、”役に立つ仕事”をしていると考えているに違いありません。
でも、どうでしょうか?
「母と子の絆~カネミ油症の真実」では、“応分の責任”を問うています。
56年経過して、いまだにカネミ油症被害者を救済できていないのか?
そこには大きな”闇“と”謎”があるのです。
国=厚生労働省、原因企業のカネミ倉庫、九州大学を始めとする医師、研究者
そして有効な手を打てなかった支援者の方々、皆さんに“応分の責任がある”と
問いているのです。
しかし、まだまだこれからです。
最後に映画をご覧になる皆さんへ。
まだまだこれからできることがあると思います。
〝勇気と力“を出してください、と。
映画監督 稲塚秀孝
映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」、
いよいよ映画製作も大詰めとなりました。
本年10月公開を前に、「先行上映会」を東京・大阪で開催いたします。
【東京・先行上映会】
日時:2024年9月20日(金)14:00から上映(開場13:30)
場所:文京区民センター3A会議室(収容:470名)
参加費:一般1000円プラスカンパ(お願いいたします)
学生 500円
主催:「母と子の絆~カネミ油症の真実」製作委員会
問合せ:タキオンジャパン稲塚(090-3433-6644)
※大阪・先行上映会は、決まり次第ご案内いたします。
なお福岡では、試写会として開催予定です。
~さあ、これからが正念場だ!~
7月26日に一旦粗編集(約2時間20分)の段階で帰京しました。
最終版は85分~90分の予定ですから、まだまだです。
とはいえ、仕上げの段取りを進行させなくてはいけません。
今日は東京・赤坂のスタジオで、女優2名の方々にナレーションを
お願いしました。
13:30~16:30、ほぼ週録は完了し、先程スタジオ担当者から博多の編集担当者に
データ送りをしていただきました。
明後日8月2日に博多へ向かい、3日から6日まで最終編集、帰京して9日に
メインの男優の方の語りを収録し、音のミックスを終えるころは、おそらく
10日朝かもしれません。
これまで半世紀の間に数百本のテレビ番組、12本の映画製作を行ってきました。
最終のMA(マルチ・オーディオシステム)を終えるのは、いつも朝方、今の季節ですと
朝5時頃でしょうか?そして始発電車で自宅へ戻り、夕方まで「至福の眠り」に
着くのです。
24歳の時、90分の特番の演出担当した時は、3日間眠れず、ユンケルを200円から
4000円まで、階段を上るように飲みながら、スタッフと共に作業しました。
その時は30時間以上、眠りから覚めませんでした。
さすがに70代半ばの今は無理ですね。
それはともかく、全力をここ10日間に注ぎたいと思います。
映画監督 稲塚秀孝
~ターニングポイントに立つ~
第6回「ナガサキ映画と朗読プロジェクト」が終了して、長崎から
博多に戻りました。
昨日は最大37度。表を歩くと、すぐに汗が噴き出てくる。
何回も通った九州大学病院構内の撮影を“ゲリラ的”に行う。
この日も大勢の患者さんと付き添い者で館内はいっぱいだった。
完全予約制のため、救急車で運ばれない限り、1日の診察者数は
決まっているようだった。ちなみに「皮膚科」は76名。
九州で最も信頼されている病院の一つ、九州大学病院はまさしく
“白い巨塔”のシンボルだろうか?
さてドキュメンタリーの編集のターニングポイントを迎えている。
言わば“覚悟”が問われている局面だ。
午後、編集で通う映像技術会社内で2時間、これまで集めた紙資料を
整理し、この映画に組み込む資料を選び出した。
そしJR九州「鹿児島本線」を東に、折尾駅で降りるはずが一駅乗り越して
「陣の原」駅で下車。構成をご相談し、コメントをいただく原田先生に
迎えに来ていただくという“大失態”を起こしてしまった。
まだ日の残る午後7時、余熱のような暑さのなか、打合せとインタビューを
行い、改めて心に留めたのは「ドキュメンタリーは告発である」という言葉
である。あいまいだった映画編集に向かう気持ちが定まったように思える。
これが、「母と子の絆~カネミ油症の真実」のターニングポイントだった、と
後日思いおこせる瞬間だったのかもしれない。
映画監督 稲塚秀孝
~長崎で編集を考える~
長崎に入って3日目。
第6回「ナガサキ映画と朗読プロジェクト」の初日を迎えた。
(ポスター:上の行の第6回と「ナガサキ・・」をクリックしてください)


何とか天気も持ちそうでよかった。
長崎の夏のこの時期は、蒸し暑い。
どんだけ汗が出るのか?と思えるほど。
昨日は長崎セントラル劇場を訪ねる。
劇場は2階、オーナー兼支配人の女性が迎えてくれた。
「監督、久しぶりですね」そう、2022年秋公開の「役者として
生きる~無名塾第31期生の4人」以来なのだ。
劇場を支えているのは、50代以上の女性の皆さん。
ほぼ100%“洋画”の上映会。シネコンにはかからない、様々な秀作が
見られる場所でもある。
いつも「ドキュメンタリーは嫌いだから、ここでは掛けない」と
言われてきた。“映画館は楽しむ場所だから・・”が口癖である。
それでも「二重被爆」や「奇跡の子どもたち」などはきっちり2週間上映してくれた。
「カネミ油症事件」はもちろんご存じ。五島に被害者が多いが、長崎市や諫早市
にも多く、身近な問題に違いない。
そして地元の長崎新聞が熱心に報道している。
2日前に長崎新聞に私が寄稿した誌面も読んでいて、
「監督が来ているのは知っていたから、来るかも?」と思っていたというのは、
憎い。何しろまだ映画は編集中で、完成していない。
でも、“(上映を)考えておきます”と。
「ナガサキ映画と朗読プロジェクト」を終えたら、明日夜博多に戻り、編集も佳境となる。
映画監督 稲塚秀孝