すべてのカネミ油症被害者救済へ⑥

 ~カネミ油症裁判の”現実“を読む~

 一昨日(15日)からカネミ油症事件の公判記録の一部を読み進めています。福岡地方裁判所、高等裁判所(小倉支部を含む)の判決、訴状、準備書面など22冊が対象です。

 準備書面は、原告(カネミ油症被害者)、被告(カネミ倉庫、鐘渕化学工業、国)が、それぞれ自分たちの主張を展開していて、そこまで言うか?とか、何を根拠にしているのか?等、思いがけない主張が見受けられます。特にカネミ油症事件の原因がピンホール説(PCBが脱臭缶のパイプを腐食させた=鐘化に不利)なのか工作ミス説(カネミ倉庫の作業ミスによりパイプに破損)なのか?に注目です。

 次に気にかかるのは、1987年3月最高裁で”和解”が成立した経緯についてで、それは改めて調査できたらと思います。いずれにしても「カネミ油症事件」発生から57年が経過しました。こうして過去を検証すると共に、被害者救済のために、何をして行くべきなのか?今更ながら、この事件の”底深さ”を感ぜずにはいられません。

 そして、明日18日と19日は、ここ小倉昭和館で「母と子に絆~カネミ油症の真実」の上映が行われます。加害企業と被害者が住むこの街で、映画上映が実現した”意味“を考え、ご覧いただいた方々の声を聴きたいと思います。
    映画監督  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ⑤

  ~国会上映会の準備のとき~

 1月28日(火)午後5時から参議院議員会館講堂で「母と子の絆~カネミ油症の真実」上映と対話集会(記者懇談会)を行います。今から2か月前、かねてから連絡を取り合っていた参議院議員の方を訪ね、「国会上映会」開催の協力をお願いしたところ、間髪入れずに「やりましょう」と応えてくれました。その方は以前民間放送で報道の仕事をしていており、立教大学で「二重被爆」の上映会を開かれた際、トークゲストとして来ていただきました。今から15年位前のことです。そして・・・・

 10日(金)午後、厚生労働省記者室を訪ね、国会上映会の案内とチラシを20社のボックスに”投げ込み”しました。100均で新しいクリアファイルを購入し、資料を挟み込みました。通りすぎる各社の記者の方々に「こんにちは」と声をかけますが、返事はありません。私は”業者か!“と思いましたが、気を取り直して、目的は”投げ込み”ですから・・。

 そこに公共放送局の記者がやってきて、ボックスからクリアファイルを取りましたので、“ありがとう・・”と声をかけようとしたところ、その記者は「国会上映会」の案内をゴミ箱に捨てたのです。しかも真新しいクリアファイルは手に持ったまま、ご自分のブースに戻りました。私はゴミ箱から、資料を拾い上げ、部屋を出ました。報道の一隅にいる私にとって、”心痛む、悲しい場面”でした。

     映画監督   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ④

 ~新たな”模索“に向かいます~(1/11)

 年明けからさまざまな動きが稼働しています。昨日は、全国障害者問題研究会「ねがい」編集部の取材を受けました。2017年「奇跡の子どもたち」の上映をキッカケに、同研究会の中心メンバーの方々と交流が生まれました。AADC欠損症(生まれながらドーパミンやセロトニンを持たない)は”希少難病”と呼ばれ、全国で3人のお子さん(当時)を2007年から10年間取材し、”遺伝子治療“で改善するまでを記録しました。

 映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」の完成・上映活動に続き、昨年秋「へその緒プロジェクト」として検査結果の公表しました。さらに、その先へ・・何ができるのだろうか?年末・年始にかけて考えてきました。
 「奇跡の子どもたち」取材の経験から、カネミ油症被害者を難病申請できないか?と考えています。現在国の〝指定難病“は341。因みにAADC欠損症はわずかな患者数ですが、323番目に登録されています。「芳香族L-アミノ酸脱炭素酵素欠損症」という名称です。指定難病を受けると、医療費の軽減と共に、治療の促進(創薬開発など)など、新たな動きが起こせるかもしれません。続報をお待ちください。 
                               映画監督    稲塚秀孝

「すべてのカネミ油症被害者救済へ」③

 ~当面の目標を示します~ (1/3) NEW!

 2025年が始まりました。みなさま、今年は“動き出す年”にしたいと思います。すべてのカネミ油症被害者救済へ、一体何をして行くべきか?考えたいと思います。

 年末に「カネミ油症事件」に関わって来られた方々にメッセージを送りました。
1.「へその緒検査」(昨年10月末)の結果を踏まえて、国(厚生労働省)が積極的に「へその緒検査」実施を求めます。 研究者の方は、「100例が欲しい」とおしゃっています。民間で検査すると、1件20万×100例=2000万がかかります。ぜひ国で実施してください。
2.カネミ油症被害者の”発掘“をしましょう。
現在毎年各地で行っている「検診」体制を改め、1968年当時、ダイオキシン類が混入した被害者から産まれた、お子さん、お孫さんで、カネミ油症の症状がある方々は名乗り出ていただき、皆さんをカネミ油症被害者として、医学的措置と補償を行いましょう。
そのためには、「認定制度」を廃止し、検診を受けられない人には、全国の保健所で申請ができる仕組みを生かしましょう。医師の皆さんには“診断書”を書いてください。
たったこの2点で、カネミ油症被害者の救済の道が開かれます。

そして、私たち「母と子の絆~カネミ油症の真実」製作委員会と「へその緒プロジェクト」では、全国で上映会活動を続け、高校・大学などで映画のダイジェスト版(35分)を駆使して、広く、深く知ってもらうようにいたします。今年も引き続き、皆様からのご支援、ご協力をお願いいたします。
    映画監督       稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ②

 ~国への「要請書」の行方~
 今年最後の投稿になります。映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」を全国公開と上映会を各地で展開中です。10月末、長崎県五島市奈留に住む、カネミ油症被害者岩村定子さんの3人のお子さんの「へその緒」検査の結果がでました。ダイオキシン類の高い数値が明らかになりました。
 12月26日厚生労働省健康・生活衛生局に「要請書」を送付しました。
1.国(厚生労働省)及び全国油症治療研究班、九州大学油症治療研究班は、速やかに「カネミ油症被害者」のへその緒検査を実施し、子や孫の健康被害に対し、医学的措置と補償を行うことを要請する。
2.国(厚生労働省)は、現在の認定基準(ダイオキシン類の血中濃度50ピコグラム、1968年12月31日現在の同居家族)を撤廃し、すべてのカネミ油症被害者の救済に着手することを要請する。
3.国(厚生労働省)は、1968年当時カネミライスオイル(ダイオキシン類が混入した油)を食べた親から生まれた子や孫に「カネミ油症被害の症状」が診断された場合、「カネミ油症被害者」と認めることを要請する。
 以上3項目の要請内容について、2025年1月20日(月)までに回答を求める。と、「母と子の絆~カネミ油症の真実」製作委員会・「へその緒プロジェクト」名で送りました。年明けの回答(あるやなしや)を待ちたいと思います。

 今回映画製作を2020年秋から始め、約4年間の取材の中で、カネミ油症被害者、医師、研究者の方々の“声”を聴きました。”顔出し“できない被害者の方が多く、1968年にカネミ油症事件発生から56年経った今も、市民社会の差別と偏見に被害者の方々が苦しんでいる現実が明らかになりました。
 「油を食べてしまった自分が仕方がないが、自分の命があるうちに、子や孫を救うことができないだろうか」
 切実な思いを知って、「すべてのカネミ油症被害者に救済を」2024→2025年、と年を越しながら、伝えてゆきたいと思います。                        映画監督  稲塚秀孝
                                 

すべてのカネミ油症被害者救済へ①

 ~これから第2ステージだ!~

 今日から新たな“標題“を掲げて、年を越して行きたいと思います。
「母と子の絆~カネミ油症の真実」を製作・上映活動が今年の仕事でした。その取材に3年間関わって、いろいろなことが分かってきました。

 「カネミ油症事件」が起こったのは1968年。私は北海道の地方都市で、高校3年生でした。熱中したのは「ベトナム反戦」でした。修学旅行で訪ねたお茶の水の“べ平連”の事務所でもらった”缶バッジ“を付けて高校3年の生活を送り、当時覚えた”ぺシミスティック“な「群青色の高校生」を書き、短い小説を地元新聞に投稿していました。

 カネミ油症事件を知ったのは、2006年秋。”遅れてきた青年”状態から約20年が経過しています。今から何ができるのか?名乗り出るすべを持たず、ひたすらカネミ油症被害に苦しんでいる”潜在的な被害者”の方々がいることを知って、声が届き、救済のための声を上げてゆけたらと思います。

 25日には、映画に支援くださったグリーンコープ共同体の各地の幹部の皆さんにオンラインでご挨拶をし、映画をご覧いただきました。来春から九州そして東方で上映会が開催されることを願っています。
                                 映画監督  稲塚秀孝