すべてのカネミ油症被害者救済へ㊳

 ~何を変えられるのか?~

 北海道苫小牧市で、次回作品の編集を2週間行い、帰京しました。3月19日に厚生労働省のカネミ油症担当部局から”回答“が来ており、その代わりばえのしない、というか、どうにも評価できない内容に
対し、素早く対応しなくては?と焦る思いが募っていました。

 ここから、4月1週には、”何を変えられるのか“”何を変えるのか“をこの欄で提示したいと思います。基本は、日本という、この国に”生きることの意味”を問う事ではないかと考えています。自分の意志ではなく、この国で生まれたという事実を、どう捉えるべきなのか、に行き着くのです。

 カネミ油症事件とその被害者の方々にお会いし、映画を創るという作業をしてきましたが、疑問に思うのは、なぜ国は被害者に対し、無作為なのか? でした。”ドキュメンタリーは告発“と考えた時、映画「母と子の絆~カネミ油症の真実製作を通して、ここはやはり国と対峙する方法を見つけることなのだと理解しました。

 一年数か月前に立ち上げた「へその緒プロジェクト」の今後の展開も見据えながら、”次なる道“を作っていきたいと思います。

                            映画監督      稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ㊲

 ~「御上先生」に学ぶ~

 昨日日曜劇場「御上先生」の最終回を見終わった。この”冬ドラマ”の中で、最も見ごたえがあったと感じている。文部官僚が一私立高校の教師になる設定はともかく、”日本の教育行政を変える“と叫ぶ若手官僚がそこにいた。

 今、19日に厚生労働省生活・衛生局の担当者からの回答を読み進める中で、厚生官僚がどのように形作られるのか?も読みの一つの”要素“と考えている。物事の捉え方、処理の仕方、可否のボーダーラインはどこにあるのか?それらを”読み解く”ことで、「へその緒プロジェクト」の戦略・戦術を導き出せるように感じている。

 思いもよらず、カネミ油症被害者岩村定子さんの死去の知らせに遭遇してしまい、”間に合わなかった“”応えられなかった“の思いが強く、今後どうしてゆくのがいいのか?正直迷っていたのだが、今日午前、岩村正勝さん(定子さんの夫)にお手紙を送ったことで、”覚悟“が固まった。「岩村定子さんの無念を胸に刻みながら、そのご霊前に報告をしたい」と思うことにしたのだ。3人のお子さんの「へその緒検査」から始まった「へその緒プロジェクト」の新たな地平に進みたいと思う。

   映画監督   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症の被害者救済へ㊱(3/23)

~岩村定子さんに捧げます~

 カネミ油症被害者の岩村定子さんが亡くなって3日が経ちました。映画編集に追われていましたが、一旦明日からは諸準備に取り掛かります。

1. カネミ油症「へその緒プロジェクト」
3月19日に届いた厚労省担当者からの回答に対する対応策を練ります。来るべき国会での質問の準備が急務です。
2. 「苫東映画祭」(6月28日~30日北海道苫小牧市)準備
苫小牧映画サークルと全国映連で共催のイベントに向けた準備を急ぎます。
3. 「第7回ナガサキ映画と朗読プロジェクト」(7月19日~20日)の準備
2019年から続けてきたナガサキ映画と朗読プロジェクトは、今回7回目で一旦閉じます。”有終の美“を叶えたいと思います。
4. 「二重被爆 遺族友の会」設立(7月17日)への準備
被爆80年、故山口彊没後15年の今年、「二重被爆 遺族友の会」を立ち上げます。その準備を急ぎたいと思います。

 映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」はまだ上映会活動が始まったばかりです。幅広く皆様方に映画を観てもらいたい、カネミ油症を知ってもらいたい。その活動を推進いたします。その成果の先に、故岩村定子さんの”無念“の思いに応えることができると信じています。

                            映画監督    稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者へ㉟(3/21)

 ~激動の日々~

 3月20日午前3時14分、岩村定子さんが長崎県五島市の病院で病死。3月21日正午から五島市奈留で葬儀が執り行われました。

 岩村さんを多く取材することから「母と子の絆~カネミ油症の真実」が出来上がっていることは、間違いありません。何度も訪ねるたびに、優しく迎えて下さり、1973年12月に生後4か月で亡くなった、長男満広さんへの思いを語ってくれました。

 カネミ油症由来の満広さんのへその緒の再検査を求める岩村さんに、冷淡に「すでに検査する機材は廃棄されている」と言い放った福岡県保健環境研究所の技師の電話を終えて、ふーっとため息をつき、
 「国なんです、国が変わらない限り、満広は浮かばれない。母親として息子の墓前に報告できなければ、死んでも死にきれない・・」と言葉を継いだ時のことを思い出します。2023年11月のことでした。

 それから3か月後から過酷なガンの闘病生活が始まったのです。2月18日長崎県生活・衛生課に「満広さんのカネミ油症申請」を提出、3か月後県職員2名が、フェリーで奈留島の岩村さん宅を訪ね、申請却下の書面を示しました。理由は、
1. 満広さんがカネミ油症検診を受けていないこと。
2. 満広さんが1968年12月末までに生まれた油症被害者の同居家族ではないこと。
でしたが、世の中にこんな文章があるのか?と目を疑いました。満広さんは生まれてから寝たきりの状態で、検診を受けられる状態ではなかったですし、生まれたのは1973年8月5日です。

 その文書を読んだ岩村定子と夫の正勝さんは、静かに職員を見送りました。これは”ボタンの掛け違い”なんかじゃない、現場にいた私はそう感じました。岩村定子さんを心から追悼するのは、決して今ではありません。「へその緒プロジェクト」がすべてのカネミ油症被害者救済に向けて、大きく〝活路“を開いて、定子さんと満広さんの墓前に報告できたとき、そう思います。

                         映画監督         稲塚秀孝 

すべてのカネミ油症被害者救済へ㉞

 ~2025年3月20日を忘れない~

 本日3月20日、「母と子の絆~カネミ油症の真実」の取材で、最もお話を聞きに伺った岩村定子さんが亡くなった、と連絡がありました。享年75。私の一つ上の”姉“でした。

 4年前に初めて伺った時、カネミ油を食べた5年後、1973年、長男満広さんを生後4か月で失くしたことを話していただきました。
「あの子に何もしてやれなかった。あの子が”カネミ油症“だった事実を墓前に報告しないことには、死にきれない」が口癖になっていました。満広さんは、チアノーゼ、口唇口蓋裂、肛門不全、心臓疾患などの重篤な症状で生まれてきたのです。2015年、満広さんのへその緒を調べた九州大学油症治療班は、FAXで「へその緒には農薬が振りかけられた疑いがある」と返事をよこしたのです。

 昨年7月、映画製作と並行して立ち上げた「へその緒プロジェクト」では、岩村さんの3人のお子さんのへその緒検査を行い、10月末に民間検査会社から結果が届きました。3人ともダイオキシン濃度は通常の数十倍あったのです。

 岩村さんは昨年2月から、がん治療のため、入退院を繰り返していました。そこで結果は、入院中の病院に届け、電話で話していたのです。1月後半には、「厚生労働省から回答があり、今月28日には参議院議員会館で上映会を行います。国会議員の方々に見ていただき、行動を移したいと思います」

 1月30日に厚労省に送った、再「要請書」の回答は、2度の督促を経て、昨日3月19日に届きましたので、岩村さんに連絡しなければ、と考えていた矢先、訃報が届いたのです。岩村さんの“思い”を叶えることをできぬまま、私は残念であり、不甲斐ないと感じています。抗がん剤治療の苦しさに耐えながら、満広さんの墓前に報告したいと言い続けていた、岩村定子さんの口惜しさと苦しさを胸に刻みながら、「へその緒プロジェクト」は“答え”を出したいと思います。

                               映画監督      稲塚秀孝

4月13日の熊本での上映に寄せて

 4月13日の熊本での上映に寄せて、熊本市御船町にお住いの方から、以下のようなコメントをいただきました。全文を掲載いたします。

 カネミ油症事件を知っていますか?

 カネミ油症事件は、1968年に発生した日本の大規模な公害事件であり、米ぬか油に混入したポリ塩化ビフェニル(PCB)とその熱分解生成物であるダイオキシン類によって、多くの人々が健康被害を受けました。

 一緒に映画を見てみませんか?

 私の父は、北九州で商社マンとして働いていた時に、カネミ油症の原因企業のカネミ倉庫前で月に1回座り込みを続けていた牧師の犬養光博さんに出会い、カネミ油症事件に出逢いました。犬養光博さんは被害者の男性から「無関心こそ公害殺人の加担者だ」との手紙を受け取ったことで、1970年から42年間500回もの座り込みをしました。父も座り込みに参加し、犬養光博先生と共にいることで、今のお金儲けが1番の仕事をしているようではいけないと思い、結婚を機に商社を辞めて、やったことのない有機農業を熊本県で始めました。そして今でも有機農業を続けています。

 なぜ今カネミ油症事件に向き合うのか?父に問いました。

 「カネミ油症のこともその前の水俣病のことも、その前の人為的な公害もやはりお金儲けが最優先になっている。生命という本来1番大切にしていくところが軽く扱われている。経済発展で生活は急激に変化し、生命を育む食べものもどんどん変わっていっている。生命を大切に思うのであれば心無い物を口にするのではなく、心ある生命のことを考えた食べ物を口にするべきじゃないかと思う。それは俺にとっては自然の中で汗水垂らして作っているものをありがたくいただくということ。同じ過ちを繰り返さない為にも皆が過去の公害を知り学ぶことは必要だと思う。そして生命の育み方を改めて考えていくためにも、このカネミ油症事件を知ることは大切だと思う。」

 私も子どもたちを連れてカネミ倉庫前での500回目の座り込みに参加しています。まだまだ昔の事件ではないです。今でも苦しんでいる人がいます。そして私たちはいつでも公害の被害者になる可能性があります。加担者にも。

 4月13日(日)13時からです。お待ちしています!

すべてのカネミ油症被害者救済へ㉝


 ~厚労省への再「要請書」の回答~

 昨晩(3月19日)厚生労働省健康・生活局総務課指導係の担当者から、「へその緒プロジェクト」が1月30日に提出した再「要請書」に対する回答が届きました。

 本日から、速やかに回答内容を精査し、今後の対応を検討したいと考えています。まず見た限りでは、母体から胎児へ毒性物質が移行している事実は認めている(官僚用語で「承知している」)が、現在の”診断基準“なるものに照らして、無視されている、あるいは反応していないことが明らかです。
その細部に渡って、見解を糺すのが次のステップではないかと思われます。 とにかく近日中に、”次のステップ“を明らかにしたいと考えています。ここは「へその緒プロジェクト」にとって、”正念場“であると思います。

 また一方、すでにカネミ油症被害者から預かっている「へその緒」に加え、新たに思いがけない被害者からのへその緒が「カネミ油症被害者支援者」の元に届いているとの情報が届きました。ぜひこの件も、今後に生かしたいと思います。

   映画監督  稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ㉜

  ~年度末→新年度へ

 公的機関及び民間会社で今も使われる年号について、もう西暦に変更して欲しいとつくづく考える。今年は”昭和100年“というが、昭和世代の私は、昭和○○年に25を足すと19○○、20〇〇となるので、使い分ける。そして年度制度(4月から来年3月までが一区切り)についても、あるべきか否か?考えてみる。

 本日2025年3月16日は、令和6年度(2024年度)の残り2週間となっている。今、次回作品の編集の合間に進めているカネミ油症に関する国会質問案については、数日前厚労省担当者から連絡がきた。

 「遅れている再『要請書』に対する回答は、来週中にお送りします」と、1月30日に提出したのだから、約2か月が経過、おそらく”年度内に(回答)処理“しようと考えているのだろう。

 いずれにしても、その回答を見て、最終的に国会での想定質問を固めて行こうと考えている。“機は熟した“となるのだろうか?
     映画監督   稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者救済へ㉛

 ~「へその緒プロジェクト」に新たな視点~

 昨日、博多市内で平田喜代美さんのお話を伺った。”目から鱗“とはこのことだと思った。平田さんは助産師を1965年に九州大学付属助産師学校を卒業後、60年間助産師を続け、今は「おっぱい110番」(平田母乳育児心療所)を行っている方だ。3週間前に「母と子の絆~カネミ油症の真実」ダイジェスト版に関心を持ち、ご連絡をいただいた。

 以前は街には助産師さんがいて、妊婦の相談を受け、自宅分娩のサポートをしていたのだが、今は産婦人科医院で出産するのが大半で、しかも母乳で育てるよりも“人工ミルク”に頼る。平田さんは「母と子の絆」こそ、母親から母乳によって栄養をお子さんに与えるのが”基本”と説く。

 そして今では、胎盤、臍帯血、へその緒までも“資源”として売買されているのが現状という。「母乳バンク」もあるという。古来から日本独自の文化・風習となっている「へその緒」保存は今では、”風前の灯“になっているともいわれる。

 一方「カネミ油症事件」では、ダイオキシン類の毒性物質が母乳から胎児に移行していたこと(40%という研究成果)により、次世代の子や孫に油症被害が広がった事実がある。取材の中で、ある母親は「油症により、途中から母乳から人工ミルクに変えた」というインタビューも得ている。そこで今一度整理してみたいと思う。

  1. 食生活において、食品の”安心・安全“に取り組む。
  2. 母は、長くても2年以内は、母乳で育てる。“母乳の大切さ”を再認識する。
  3. お子さんを産んだのち「へその緒」(生後1週間後)を確保・保存する。

 「へその緒プロジェクト」は、カネミ油症被害がお子さんやお孫さんに及んでいる現実を明らかにし、被害者救済への”道しるべ“であると考えているが、さらに今回は「へその緒」を取り巻く道筋についても提案してゆくことに気付かされた。
                               映画監督      稲塚秀孝

すべてのカネミ油症被害者の救済へ㉚

 ~「へその緒プロジェクト」推進の根拠~

 「へその緒プロジェクト」構想が始まったのは2023年秋。一つは宮田秀明さん(摂南大学名誉教授)の打合せ・インタビューで「カネミ油症の母親から胎盤を通して胎児にダイオキシン類の毒性物質が移行するのは確実で、生まれたお子さんのへその緒を調べることで証明できる」という言葉でした。

 そしてもう一つは、2021年から取材してきた岩村定子さん(長崎県・奈留)の長男、満広さん(1973年、生後4か月で死亡)の重篤な症状(チアノーゼ・口唇口蓋裂他)をお聞きし、同年11月に梶原淳睦さんとの電話でした。梶原さんは、2013年当時、満広さんのへその緒を検査したが、「カネミ油症由来ではなく、へその緒に農薬が振りかかっている」という返事が来ており、岩村さんは”農薬は身に覚えがない“と憤っていたのです。

 「へその緒検査」を民間の複数の会社に依頼し、断られ続けた結果、2024年1月「へその緒プロジェクト」を立ち上げ、その夏ようやく民間の2社が協力することになり、検査結果が10月に出たのです。

 九州大学油症治療研究班は、国(厚生労働省)から多額の治療研究費を得て、2年ごとに報告していました。「福岡医学雑誌2009年5月号」には、こちらのへその緒検査の記録が掲載されています。この記録では、カネミ油を食べた親から13年以内に生まれたお子さんにはダイオキシン類の毒性物資の影響が現れている、と書かれています。

 しかし国と九大はその後、へその緒検査研究を中止したまま、15年が経過しているのです。なぜ止めたのか?そこには何らかの”疑惑“を考えざるを得ません。今「へその緒プロジェクト」では、途絶した「へその緒検査」研究の再開、続行を厚生労働省に訴えており、「要請書」を提出して、回答を待っているところです。2025年度予算は、参議院での審議に移りました。ぜひ国会質問に繋げたいと考えているところです。

                              映画監督        稲塚秀孝