「カネミ油症」編集通信⑮

 ~また博多へ向かう~
 8月10日(土)お盆前の三連休の初日。
新宿から新宿湘南ラインと東海道線を乗り継ぎ、名古屋から「ひかり」の
自由席に飛ぶ乗った。
 昨日はナレーション収録後に音声ミックスを行い、終了は27時。
赤坂のスタジオから調布の自宅に戻り、シャワーを浴び、資料を整え直し、
朝食と洗濯を終えて、新宿発11時の新宿湘南ライン、小田原から東海道線
と乗り継いだ。
 在来線では本日中に博多に到着しないので、新幹線も利用する。
ナレーションも音楽も入り、音響は完成。明日と明後日は、映像の完成を目指す
ことになる。
 まもなく夕方の19時。このメールを打っている左側は、瀬戸内の海に差し掛かっている。
夕陽は前方に見える。「真っ赤な太陽」である。
あと15分位だろうか?瀬戸内海に沈む夕陽を楽しみたい。
   映画監督  稲塚秀孝

「カネミ油症」編集通信⑭


 ~ようやく“白”ができた~

 7月7日から博多ATC社内で始まった「カネミ油症の真実」の
編集は、途中行ったり来たりしながら、1カ月が経過して、
今日”白”素材ができた。これから音処理(MA8月9日)、
字幕入れなどで完パケ「完全パッケージ」となる。
尺は85分31秒。当初の想定内に決まった。

 今日(8月7日)に、ナレーション原稿を書き、明日には語り手に送る。
本来は今日までに映像も完成させたかったのだが、「編集の覚悟」が定まらず、
ここまで延びてしまった。

 カネミ油症は複雑で、難しい内容だと、改めて感じた。
カネミ油症事件発生(1968年)から56年。
今ご覧いただく、意味のある作品を目指したい。

   映画監督  稲塚秀孝

カネミ油症」編集通信⑬

~悩んではいられない~
 昨日8月3日から博多にて、最終編集開始。
昨日は編集の流れを見直しながら、約50分まで繋いだ。
編集担当の”相棒“も積極的に声をかけてくれる。
 7月7日から始まった編集も、途中取材やナレーション収録で抜けつつも、
15日目を迎えた。呼吸もあってきているのを感じる。
「こうじゃないかな?」「こうだよね!」と声を掛け合うのは、杵をふるい
合いの手を掛け合いながらの“餅つき”にも似ている。
私なりに”編集の手法=流儀“もある。
 テレビ番組とドキュメンタリー映画製作で培ってきた“思い”でもある。
今回自分に課した編集テーマは、“ずっしりと重い内容を軽やかに観ていただく”
ではないだろうか?
 そこで1週間前までに並べた粗構成を、変えてみた。
カメラの前で自らの「カネミ油症体験」を語ってくれた女性たちを、次々と並べて
みることにした。母がお子さんを思う強く深い気持ち、決意、後悔、悔しさ、そして
感じる“不条理”の感覚、怒り・・ないまぜの、どこにぶつけたらいいのか、という
もどかしさを伝えられたらと思っています。
  映画監督    稲塚秀孝

「カネミ油症」編集通信⑫

~覚悟は決まった!~

 明日から博多へ向かいます。手元にある資料を読みながら、
最終編集に臨む“覚悟”を決めようと考えています。

 今日は昼に、霞が関へ出かけ、厚生労働省前で外観撮影をしました。
昼ごはん時ですから、職員の方々が表に出てきます。
勿論知人も友人もいません。
皆さん、”役に立つ仕事”をしていると考えているに違いありません。

 でも、どうでしょうか?
「母と子の絆~カネミ油症の真実」では、“応分の責任”を問うています。
56年経過して、いまだにカネミ油症被害者を救済できていないのか?
そこには大きな”闇“と”謎”があるのです。

 国=厚生労働省、原因企業のカネミ倉庫、九州大学を始めとする医師、研究者
そして有効な手を打てなかった支援者の方々、皆さんに“応分の責任がある”と
問いているのです。
しかし、まだまだこれからです。

 最後に映画をご覧になる皆さんへ。
まだまだこれからできることがあると思います。
〝勇気と力“を出してください、と。

   映画監督        稲塚秀孝

映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」東京先行上映会案内

 映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」、
いよいよ映画製作も大詰めとなりました。
 本年10月公開を前に、「先行上映会」を東京・大阪で開催いたします。
【東京・先行上映会】
 日時:2024年9月20日(金)14:00から上映(開場13:30)
 場所:文京区民センター3A会議室(収容:470名)
 参加費:一般1000円プラスカンパ(お願いいたします)
    学生 500円
 主催:「母と子の絆~カネミ油症の真実」製作委員会
 問合せ:タキオンジャパン稲塚(090-3433-6644)

※大阪・先行上映会は、決まり次第ご案内いたします。
 なお福岡では、試写会として開催予定です。

「カネミ油症」編集通信⑪

~さあ、これからが正念場だ!~
 7月26日に一旦粗編集(約2時間20分)の段階で帰京しました。
最終版は85分~90分の予定ですから、まだまだです。
とはいえ、仕上げの段取りを進行させなくてはいけません。

 今日は東京・赤坂のスタジオで、女優2名の方々にナレーションを
お願いしました。
13:30~16:30、ほぼ週録は完了し、先程スタジオ担当者から博多の編集担当者に
データ送りをしていただきました。

 明後日8月2日に博多へ向かい、3日から6日まで最終編集、帰京して9日に
メインの男優の方の語りを収録し、音のミックスを終えるころは、おそらく
10日朝かもしれません。

 これまで半世紀の間に数百本のテレビ番組、12本の映画製作を行ってきました。
最終のMA(マルチ・オーディオシステム)を終えるのは、いつも朝方、今の季節ですと
朝5時頃でしょうか?そして始発電車で自宅へ戻り、夕方まで「至福の眠り」に
着くのです。

 24歳の時、90分の特番の演出担当した時は、3日間眠れず、ユンケルを200円から
4000円まで、階段を上るように飲みながら、スタッフと共に作業しました。
その時は30時間以上、眠りから覚めませんでした。
さすがに70代半ばの今は無理ですね。
それはともかく、全力をここ10日間に注ぎたいと思います。

    映画監督   稲塚秀孝

「カネミ油症」編集通信⑩

 ~ターニングポイントに立つ~
 第6回「ナガサキ映画と朗読プロジェクト」が終了して、長崎から
博多に戻りました。
 昨日は最大37度。表を歩くと、すぐに汗が噴き出てくる。
何回も通った九州大学病院構内の撮影を“ゲリラ的”に行う。
この日も大勢の患者さんと付き添い者で館内はいっぱいだった。
完全予約制のため、救急車で運ばれない限り、1日の診察者数は
決まっているようだった。ちなみに「皮膚科」は76名。
九州で最も信頼されている病院の一つ、九州大学病院はまさしく
“白い巨塔”のシンボルだろうか?
 さてドキュメンタリーの編集のターニングポイントを迎えている。
言わば“覚悟”が問われている局面だ。
午後、編集で通う映像技術会社内で2時間、これまで集めた紙資料を
整理し、この映画に組み込む資料を選び出した。
 そしJR九州「鹿児島本線」を東に、折尾駅で降りるはずが一駅乗り越して
「陣の原」駅で下車。構成をご相談し、コメントをいただく原田先生に
迎えに来ていただくという“大失態”を起こしてしまった。
 まだ日の残る午後7時、余熱のような暑さのなか、打合せとインタビューを
行い、改めて心に留めたのは「ドキュメンタリーは告発である」という言葉
である。あいまいだった映画編集に向かう気持ちが定まったように思える。
これが、「母と子の絆~カネミ油症の真実」のターニングポイントだった、と
後日思いおこせる瞬間だったのかもしれない。
                映画監督   稲塚秀孝

「カネミ油症」編集通信⑨

~長崎で編集を考える~
 長崎に入って3日目。
第6回ナガサキ映画と朗読プロジェクト」の初日を迎えた。
(ポスター:上の行の第6回「ナガサキ・・」をクリックしてください)

何とか天気も持ちそうでよかった。
長崎の夏のこの時期は、蒸し暑い。
どんだけ汗が出るのか?と思えるほど。
 昨日は長崎セントラル劇場を訪ねる。
劇場は2階、オーナー兼支配人の女性が迎えてくれた。
「監督、久しぶりですね」そう、2022年秋公開の「役者として
生きる~無名塾第31期生の4人」以来なのだ。
 劇場を支えているのは、50代以上の女性の皆さん。
ほぼ100%“洋画”の上映会。シネコンにはかからない、様々な秀作が
見られる場所でもある。
 いつも「ドキュメンタリーは嫌いだから、ここでは掛けない」と
言われてきた。“映画館は楽しむ場所だから・・”が口癖である。
それでも「二重被爆」や「奇跡の子どもたち」などはきっちり2週間上映してくれた。
 「カネミ油症事件」はもちろんご存じ。五島に被害者が多いが、長崎市や諫早市
にも多く、身近な問題に違いない。
そして地元の長崎新聞が熱心に報道している。
2日前に長崎新聞に私が寄稿した誌面も読んでいて、
「監督が来ているのは知っていたから、来るかも?」と思っていたというのは、
憎い。何しろまだ映画は編集中で、完成していない。
でも、“(上映を)考えておきます”と。
 「ナガサキ映画と朗読プロジェクト」を終えたら、明日夜博多に戻り、編集も佳境となる。
      映画監督  稲塚秀孝

「カネミ油症」編集通信⑧

~編集前半戦から後半戦へ~
 7月7日から博多市内で始めている「カネミ油症」映画の
編集は前半戦を終え、およそ4時間の“固まり”となっている。
 今日7月18日から21日は、一年前から決まっている
第6回「ナガサキ映画と朗読プロジェクト」(7月21日・22日
長崎原爆資料館ホール)に取り組む。昨日の長崎新聞には、
例年通り寄稿させていただいた。

 「被爆体験の継承」を主要テーマに掲げ、故 山口彊さん(二重被爆者)
の「人間の世界に核はいらない」がキャッチでもある。
 一旦頭と身体は、映画と朗読プロジェクトに切り替えるが、常に
「カネミ油症」編集後半戦に向けて、映画の構成を考え続ける
予定だ。
 ようやく九州も「梅雨明け」となる中、五島列島の実景映像(ドローン)を
地元の皆さんにお願いし、力を借りる手はずが整った。
来週前半には、過去の映像とともに、映画のディテールを詰めて行く作業に
取り組む。
 基本は、「なぜ、いまカネミ油症なのか?」
既にカネミ油症事件から56年が経過した今、問い直す日本最大の食中毒事件の
実相に迫りたい。
   映画監督 稲塚秀孝

「カネミ油症」編集通信⑦

 ~日ごとの営み~
 編集も半ばに差し掛かろうとしているが、項目ブロックの整理に
手間取り、先が見えない状況が続いている。
 昨日の「博多山笠」は雨の中で繰り広げられ、湿気の高い日々が
続いている。
 宿舎として博多駅前のカプセルホテルは、WI―FIの精度が高く、
ワーキングスペースがあるので、眠くなったら眠り、起きたら
大浴場とサウナで汗を流し、バスで30分ほどの編集所に向かう。
編集所そばに北九州のコインランドリーチェーンがあるので、
そこは便利。
 「カネミ油症事件」は実に複雑で、人々の葛藤がすさまじい。
そして半世紀前の迸るような運動の“熱量”は今は全く残っていない。
感じられない。
 今、この映画が世に出ることの意味を連日追い求めている。
    映画監督   稲塚秀孝