~国への「要請書」の行方~
今年最後の投稿になります。映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」を全国公開と上映会を各地で展開中です。10月末、長崎県五島市奈留に住む、カネミ油症被害者岩村定子さんの3人のお子さんの「へその緒」検査の結果がでました。ダイオキシン類の高い数値が明らかになりました。
12月26日厚生労働省健康・生活衛生局に「要請書」を送付しました。
1.国(厚生労働省)及び全国油症治療研究班、九州大学油症治療研究班は、速やかに「カネミ油症被害者」のへその緒検査を実施し、子や孫の健康被害に対し、医学的措置と補償を行うことを要請する。
2.国(厚生労働省)は、現在の認定基準(ダイオキシン類の血中濃度50ピコグラム、1968年12月31日現在の同居家族)を撤廃し、すべてのカネミ油症被害者の救済に着手することを要請する。
3.国(厚生労働省)は、1968年当時カネミライスオイル(ダイオキシン類が混入した油)を食べた親から生まれた子や孫に「カネミ油症被害の症状」が診断された場合、「カネミ油症被害者」と認めることを要請する。
以上3項目の要請内容について、2025年1月20日(月)までに回答を求める。と、「母と子の絆~カネミ油症の真実」製作委員会・「へその緒プロジェクト」名で送りました。年明けの回答(あるやなしや)を待ちたいと思います。
今回映画製作を2020年秋から始め、約4年間の取材の中で、カネミ油症被害者、医師、研究者の方々の“声”を聴きました。”顔出し“できない被害者の方が多く、1968年にカネミ油症事件発生から56年経った今も、市民社会の差別と偏見に被害者の方々が苦しんでいる現実が明らかになりました。
「油を食べてしまった自分が仕方がないが、自分の命があるうちに、子や孫を救うことができないだろうか」
切実な思いを知って、「すべてのカネミ油症被害者に救済を」2024→2025年、と年を越しながら、伝えてゆきたいと思います。 映画監督 稲塚秀孝
投稿者: inatsuka
すべてのカネミ油症被害者救済へ①
~これから第2ステージだ!~
今日から新たな“標題“を掲げて、年を越して行きたいと思います。
「母と子の絆~カネミ油症の真実」を製作・上映活動が今年の仕事でした。その取材に3年間関わって、いろいろなことが分かってきました。
「カネミ油症事件」が起こったのは1968年。私は北海道の地方都市で、高校3年生でした。熱中したのは「ベトナム反戦」でした。修学旅行で訪ねたお茶の水の“べ平連”の事務所でもらった”缶バッジ“を付けて高校3年の生活を送り、当時覚えた”ぺシミスティック“な「群青色の高校生」を書き、短い小説を地元新聞に投稿していました。
カネミ油症事件を知ったのは、2006年秋。”遅れてきた青年”状態から約20年が経過しています。今から何ができるのか?名乗り出るすべを持たず、ひたすらカネミ油症被害に苦しんでいる”潜在的な被害者”の方々がいることを知って、声が届き、救済のための声を上げてゆけたらと思います。
25日には、映画に支援くださったグリーンコープ共同体の各地の幹部の皆さんにオンラインでご挨拶をし、映画をご覧いただきました。来春から九州そして東方で上映会が開催されることを願っています。
映画監督 稲塚秀孝
「カネミ油症」㊵
~国と関係者へ「要請書」送付~
明日は12月24日。思いがけない“クリスマス・プレゼント”を各所に送ります。「へその緒検査」結果を踏まえて、要請書に書くのは、国と関係機関へ、カネミ油症被害者の救済の具体的な“実行”を迫る内容になります。年末・年始を挟んでいますが、2025年1月20日までに回答を求めようと思います。
1月24日には次回の「油症対策委員会」が開かれ、翌25日は「三者協議」が行われます。今年度内に何らかの進展があるように、プッシュいたします。今年も残り少なくなりました。でも被害者救済に“時間はありません”から・・・。
映画監督 稲塚秀孝
「カネミ油症」上映通信㊴
~”潮目“が変わるのだろうか?~
映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」が完成したのは、8月13日、北海道苫小牧市「苫東映像プロジェクト」でした。本編86分、予告編1分30秒、サンプル版もできました。その完成から4か月が経過。実はずっと私の心の中で“もんもん”という思いがありました。それは私もその一角を担う”メディア“が果たした役割と功罪についてでした。1973年から51年間、テレビ番組の製作を続けています。2006年「二重被爆」から映画製作は13本目となります。
映画の映画のエンディングの語りについて、以前この欄で取り上げています。
「・・ずっと無策だった国、厚生労働省、九州大学を始めとする医師、研究者、弁護団、支援してきた人々、皆さんに“応分の責任”があると思います・・」
そこに”メディア“は入れなかったのは、いつか”メディア“からの”反撃“を起こさないといけないとい”思い“があったからなのです。
今朝12月16日(月)の記事「へその緒からダイオキシン類」「有志が分析依頼 進まぬ子世代の救済『政府が調査を』」「カネミ油症事件母親から伝わる影響を調べたら・・・」の見出しが躍っていました。今、カネミ油症事件から56年経った今、真実に迫るメディアの発信が行われた、これで”潮目が変わるだろうか?」と思うのです。勿論、単純ではありません。これまで半世紀の中で、核心に迫れず、途絶したことは数え切れません。中には”裏切り”もありました。でも信じたいと思います。「カネミ油症被害者」全員の救済のために‥何ができるのか?みなさん、ご一緒に考え、行動してください。 映画監督 稲塚秀孝
新聞報道(東京新聞)(12/16)
「カネミ油症」上映通信㊳
~北の大地・札幌から~
昨日から「母と子の絆~カネミ油症の真実」は北海道へ上陸しました。シネマ・トーラス(苫小牧)で上映開始、夜は「札幌上映会」が行われた。元参議院議員を含む地元テレビ局のOBが駆け付けてくれた。10年ぶりに会うの”先輩”たちだ。
上映後、私も”テンション”が上がった。「へその緒検査」の今後の展開、加害企業、カネミ倉庫の”怪しい疑惑“などを伝える。地元医師は、“ピーファス”(千歳市・苫小牧市)問題、紅麹問題の行方に広がる。濃密な40分の意見交換会、地元室蘭に存在する“PCB処理施設”にも話が及んだ。「ぜひ室蘭で上映会を」と盛り上がる。
1月25日から、ナゴヤキネマ・ノイで1週間上映が決まった。「名古屋シネマテーク」の後継劇場公開に向けて、準備を整えたいと思う。 映画監督 稲塚秀孝
●新聞報道(苫小牧民報)(12/9)
「カネミ油症」上映通信㊳
~北九州“2つ目の楔(くさび)見つかる~
昨日、驚きの”発見”がありました。全国紙の北九州総局内に「カネミ油症小倉裁判」の公判記録の一部が見つかったのです。

映画製作を始めて間もなく、「カネミ油症裁判」に関わった弁護団の幹部の方に問いあわせました。
「『カネミ油症裁判』の公判記録を見せていただけませんか?」と。弁護士からの返事を聞いて“驚愕”しました。「公判記録を保管していた弁護士が、すべて捨ててしまっている」というのです。”ありえない“話です。歴史的な裁判の記録を捨てるなど、弁護士にあるまじき行為だと思いました。その後も公判記録は見つからず、諦めていました。「母と子の絆~カネミ油症の真実」に盛り込めず、今に至っています。次回年明け1月半ばに、公判記録を見せていただきます。
私は「憲法を武器として~恵庭事件 50年目の真実」において、残されていた計40回の公判記録を半年間に渡って読み込み、110分の上映期間の3分の2は法廷の場面でした。公判記録を読み込んだのち、どのように活用させていただくべきか?じっくり考えてみたいと思います。とにもかくにも、小倉昭和館上映に続き、”第2の楔“ができました。
映画監督 稲塚秀孝
新聞報道(北海道新聞)12/6
「カネミ油症」上映通信㊲
~北九州上映で、”新たな楔(くさび)“を~
お待たせいたしました。ようやく、ようやく福岡県北九州市の劇場「小倉昭和館」での上映のメドが立ちました。年明け1月18日(土)~19日(日)の”特別”上映です。
小倉の港付近に「カネミ倉庫」が現存します。今から56年前、「カネミ油症事件」を起こした原因企業の「カネミ倉庫」です。そして今は販売元の名前を変えて、“ライスオイル”を製造しています。私はこうした”現実“を理解できません。そして小倉を始め、北九州市には大勢の被害者が生活しているのです。
この町で「母と子の絆~カネミ油症の真実」を上映しなくてはなりません。昨日「小倉昭和館」の館主と直談判して、決めました。本来なら最低1週間は上映したいのですが、気が変わらないうちに決めようと思いました。1月18日・19日、私は上映後の舞台挨拶に立ちます。
小倉昭和館では、過去「NORIN TEN」「仲代達矢 役者を生きる」「役者として生きる~無名塾第31期生の4人」の3作を上映していただきました。ただ地元の市場の火事により、今年復活したばかりです。この映画の普及のため、劇場支援(おこがましいのですが)のためにも、1スクリーン・134席を満席にしなくてはなりません。
10月から北九州市黒崎駅前のスペースで、5回自主上映会が行われました。主催したのは北九州市立大学教員の原田和明さんです。早速昨晩小倉で”戦略会議”を開きました。北九州映画サークル、北九州市民劇場始め、上映会でご覧いただいたみなさんの力をお借りして、告知活動をお願いしました。メディアの皆さんにも、お力を借ります。「カネミ油症事件」の”聖地“小倉での上映を成功させたいと思います。
映画監督 稲塚秀孝

