~これから第2ステージだ!~
今日から新たな“標題“を掲げて、年を越して行きたいと思います。
「母と子の絆~カネミ油症の真実」を製作・上映活動が今年の仕事でした。その取材に3年間関わって、いろいろなことが分かってきました。
「カネミ油症事件」が起こったのは1968年。私は北海道の地方都市で、高校3年生でした。熱中したのは「ベトナム反戦」でした。修学旅行で訪ねたお茶の水の“べ平連”の事務所でもらった”缶バッジ“を付けて高校3年の生活を送り、当時覚えた”ぺシミスティック“な「群青色の高校生」を書き、短い小説を地元新聞に投稿していました。
カネミ油症事件を知ったのは、2006年秋。”遅れてきた青年”状態から約20年が経過しています。今から何ができるのか?名乗り出るすべを持たず、ひたすらカネミ油症被害に苦しんでいる”潜在的な被害者”の方々がいることを知って、声が届き、救済のための声を上げてゆけたらと思います。
25日には、映画に支援くださったグリーンコープ共同体の各地の幹部の皆さんにオンラインでご挨拶をし、映画をご覧いただきました。来春から九州そして東方で上映会が開催されることを願っています。
映画監督 稲塚秀孝