次のステップへの前夜となった。
今年2月16日、3月11日の2回に渡り、長崎県生活衛生課に
岩村定子さんの亡き長男、満広さん「カネミ油症」申請が受理されました。
1968年に始まった「カネミ油症事件」初の出来事でした。
これまで一斉検診において、ダイオキシン類の血中濃度を調べ、
一定の数値に達しないと「カネミ油症」と認定されないという、不条理。
個人が申請して突破する道が開けるのか? いよいよ明日午前11時には判明する。
長崎県庁の担当職員2名と私は奈留島へ同行し、岩村さんと共に聞くことになったからだ。
すでに福岡、長崎の地元紙、全国紙の支社の担当記者のみなさんには、
「明日、一つの指針が出る」と伝えているところです。明日夜には、
この通信でお伝えしたいと思います。
映画監督 稲塚秀孝