~取材することと取材される側のこと~
数日前から北海道苫小牧市の事務所で、これまで撮影した映像素材の
整理を行っています。週明けには帰京して、新たな撮影に備えます。
何が撮影できて、何ができていないか?
本格的な編集を始める前に必要なプロセスです。
もっとカネミ油症被害者の方々の”声“を聴きたいと思います。
しかし、被害者の方々側の事情もあり、立ち止まることもあります。
「自分(カネミ油を口にした)はいいが、子どもたちや孫のことは守らないと
いけない」この場合、”守る“とは、子や孫に「カネミ油症被害」のことを
伝えない、ということを意味しています。
新聞や雑誌での報道と違いのは、映像作品(テレビ番組や映画等)では、映像
(つまり顔出し)が原則であるが故に、取材する側も取材される側も、公開される
ことに”同意と覚悟“がいるのです。
取材する側の”伝えたい“と取材される側の”伝えて欲しい“という人間としての
信頼の”絆“が必要になるのです。
コロナ禍を挟んで、ここまで3年余が経過し、今後3カ月の取材は、さらにその
せめぎあいの中で取材を行う時期に差し掛かりました。
何とか”成果“を得ることで、カネミ油症被害者の救済が進むことを目指したい、
そう考えている日々です。
映画監督 稲塚秀孝