クラウドファンディングを開始するにあたり

 今回、ドキュメンタリー映画「母と子の絆~カネミ油症の真実」製作支援のためのクラウドファンディングを開始するにあたり、この映画への想いを書きました。

  1. この映画製作にかける想い

 私が「カネミ油症事件」を知ったのは、2006年夏のことでした。この年春に完成した記録映画「二重被爆」(広島と長崎で二度被爆した7人の証言ドキュメンタリー)を、長崎セントラル劇場(長崎市内のミニシアター)で上映した後でした。

 舞台挨拶を行って、スクリーンのある2階から階段を降りようとしている私の背中に声をかけてくれた女性がいました。
「稲塚監督、お話いいですか?『カネミ油症事件』をご存知ですか?」と。私はその時まで、「カネミ油症事件」のことを知りませんでした。
「いいえ、分かりませんが・・」
その女性は追いかけるように、「カネミ油症事件」の概要を話し、
「一度、五島に来ませんか?奈留島で待っていますから」と連絡先を教えてくれました。

 その後、数回長崎県五島市奈留島、福岡県博多、中間市を取材に訪ねたまま、取材は頓挫してしまいました。「二重被爆」の継続取材を取り組むことになったからでしたが、私にとっては、ずっと心の奥底に”痛恨の想い“が沈殿したままになっていました。

 2000年秋、東京で行われた別の作品の上映会後に、同じような問いかけを聞きました。別な女性から「監督は『カネミ油症事件』をご存知ですか?」と。これは運命のめぐり合わせではないか、と思いました。

 そこから再び「カネミ油症事件」の取材が始まりました。改めて取材してみると、まさしく日本各地にある”棄民“の事件の一つだと思いました。被害者の人権も救済も放置されたまま。国がこれまで数多く積み重ねてきた“棄民政策!と同じ構図であり、それは間違いないと思いました。

 半世紀たってもカネミ油を口にした人々が、認定、未認定と区別されたままです。しかも「カネミ油症事件」は、単純な食中毒(一過性)事件ではありません。カネミ油(ライスオイル)に混入したPCB(ポり塩化ビフェニール)の毒性は、油を摂取した当事者の母親から油を摂取していない子や、孫に「へその緒」や母乳を通じて繋がっているのです。

 事件発生から55年経過した今だからこそ、カネミ油症事件の原因の究明、患者と家族の苦痛・苦悩を皆さんに伝えたいと思います。

  1. この映画を製作することの社会的意味

 これまで10本を越えるドキュメンタリー映画を製作してきました。
・広島と長崎で二度被爆した「二重被爆」
・2011年3月11日の東日本大震災による津波被害によって多くの方々が命を失いましたが、その一方東京電力福島第一原子力発電所のメルトダウン(炉心溶解)により、放射性物質が拡散し、大勢の人々が被曝し、避難生活を余儀なくされた「フクシマ2011被曝に晒された人々の記録」
・AADC欠損症患者の3人の子どもたちと家族を描いた「奇跡の子どもたち」
・自衛隊基地に接した酪農家の闘いを描いた「憲法を武器として~恵庭事件・知られざる50年目の真実」。
・台風被害により、鉄路がゆがみ、ついに廃線に追い込まれた「日高線と生きる」等。

 人が生き、生活するうえで、矛盾や不条理に晒される事柄を追う時、「ドキュメンタリーとは告発である」という大きな理念に行き着きました。

 「母と子の絆~カネミ油症の真実」では、小さな一原因企業の責任に留まらず、被害者の救済を蔑ろにする「国民の生活の安心・安全」を担う国の“無作為”と長年治療法の研究をおざなりにしてきた九州大学油症治療班を始めとする厚生行政の”怠慢“を明らかにすることが”告発“の原点です。

 そしてこの映画における新たな”提案“があります。それは被害者の認定制度という欺瞞を抜本的に糾す「へその緒」の検査を徹底させることです。母から子へPCBの毒性が流れたことの実証こそ、この映画を通じて皆さんに知ってほしい、最大のポイントであり、この映画の持つ”社会的意味”であると確信しています。

  1. 誰に伝えたいか

 生きること、生活することに日々向き合っている方々、日本国内に限らず、真摯に人と社会と接している世界の方々に向けて、発信したいと思います。また社会の仕組みを知り、そこに欺瞞を感じながら、中学から高校に通う世代の方々にぜひ届けたいと思います。

 私も当時、学校の授業や様々な本、テレビ番組、映画を通じて、学び、憤り、自分の生き方、社会へ参加する(アンガージュ)する意思を持つことになりました。“今、このままでいいのか?”と感じている方、感じ始めている方々に向けて、この映画が届くことを願っています。

                         映画監督  稲塚秀孝

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